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□ 1-6 聖王都へ

 ジェーンの襲撃を受けた翌日、俺とミラは、聖王都に向かう商人のキャラバンに便乗していた。

 馬車の揺れに身を(ゆだ)ねながら、俺たちは今後の方針を話し合っていた。


「ジェーンを差し向けたのは、たぶん公爵家のどれかね」


 ミラは腕を組み、険しい表情を浮かべる。


「陛下には三人のお妃さまがいて、それぞれが公爵家の娘なの。

 公爵たちは自分の孫を次の聖王にするため、昔から熾烈な後継争いを繰り広げてきたわ。

 そして今――アレン、あなたもその聖王候補の一人になってしまったのよ」


「……俺、ただのハンターなんだけどな」


 思わずため息が漏れる。


「貴族たちにとっては、そんなの関係ないわ。

 大事なのは、アレンが『陛下の子』だということ。

 それだけで十分、彼らの脅威になり得るのよ」


「……はぁ、とんだとばっちりだよ」


 俺は額を押さえながら嘆いた。

 王位なんてこれっぽっちも興味ないのに、命まで狙われるなんて、理不尽にもほどがある。


「まあねえ……気持ちは分かるわよ」


 ミラは肩をすくめ、苦笑する。


「でも、こうなってしまった以上、もう以前の生活には戻れないわ。

 だったら前に進んで、運命を切り開いていくしかないのよ」


 ミラの言葉には、揺るぎない覚悟があった。

 どんな困難に直面しても動じず、常に前を向いている。

 その強さは、魔術師としての実力だけでなく、彼女の生き方そのものに裏打ちされているのだろう。


 でも俺は……ミラみたいに強くない。

 国の後継争いなんて身に余る。

 なんで俺がこんな目に遭わないといけないのか……


 俺がうつむいて黙っていると、ミラはキャラバンの後方へと、抜け目なく視線を向ける。


「ジェーンの追跡にも気を配らないとね」


「……はぁ」


 ますます気が重くなる。

 あの戦闘狂は、また俺たちを襲って来るのだろうか?

 もしそうなっても、俺には対抗手段もない。


 俺がため息をついていると、ミラがそっと隣に座り直し、寄り添ってくる。


「……やりきれないよね、アレンは何も悪くないのに。

 公爵だの、跡目争いだの……命まで狙われるなんて、あまりにも理不尽だよね」


 ミラは俺の気持ちを代弁しながら、そっと手を握ってきた。


「いいこと?

 こういう時はね、くよくよ悩んでいても仕方がないの。

 なるようにしかならないんだから」


「……」


「それにね、自分じゃどうしようもない時は、周りの人の力を借りるのよ。

 つまり――私の力をね。

 だって、それが母親の役目ってもんでしょう?」


 ミラの瞳が、まっすぐ俺を見つめる。

 ……母親。

 ミラが自らをそう呼んだのは……たぶん初めてだ。


「……ありがと」


「ふふっ、なーんて言っても、年齢的にはもう『祖母』だけどね」


 ミラは冗談めかして笑う。


「老い先短い私はね、アレンだけが生きがいなのよ。

 だから、もっと私を頼ってね」


「……うん」


 ミラの優しさが、じわりと胸に沁みる。

 俺はミラに頼りすぎることを心苦しく思っていたけど、こうまで言ってくれるなら……もうしばらく甘えてもいいのかもしれない。

 だけど――


「俺……きっといつか、ミラに恩返しするよ。

 必ず、ミラの横に並びたてるような、一人前の男になるから」


 これは俺のささやかな誓いだ。

 今はまだ、ミラに頼るしかないけど……それでも、俺なりにベストを尽くそう。

 そして、いつかはミラに追いつくのだ。


「うん、うん……いい子ね。

 もう、可愛くて、ぎゅーしちゃう!」


 ミラは目を細めて微笑むと、俺をぎゅーっと抱きしめてきた。

 暖かくて、安心する感触。

 ……いや、違う! また子供扱いされてる!


「あの、俺の話、聞いてる?

 一人前になるって話だからね?」


「ええ……もちろんよ。すっごく楽しみにしてるからね!」


 ミラは嬉しそうに微笑みながら、俺の頭を優しく撫でる。


「……だから今のうちに、たっぷり私を頼ってね。

 私もね、陛下に会うために王都の知人を頼るつもりよ。

 歴代の聖女様にだって貸しがたくさんあるし、今こそその貸しを返してもらわなきゃ」


 ミラはそう言うと、ちょっと考え込みながら、片目をつぶって見せる。


「まあでも……うまくいかなかったら、王宮前で特大魔術をかましてやるわよ。

 そしたら王宮は大騒ぎ!

 どっちにしても陛下の耳に入るでしょ?」


「ちょ、ちょっと、それはさすがにマズいだろ!」


「冗談よ、冗談。……半分くらいわね?」


 さらりと言ってのけるミラに、俺はまた頭が痛くなってきた。

 聖王都ではどんな立ち回りをするのやら……


 そんなこんなで、俺たちを乗せたキャラバンは、数日後、ついに聖王都にたどり着いたのだった。


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