□ 2-35 幹部会議
その後、魔王城では様々な噂が飛び交い、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった―――
曰く――メルジーヌさまが“死神の子供”を拾って帰り、配下に加えたらしい。
その力を確かめるため、親衛隊長ロイが手合わせをしたところ、なんとその子供に敗北したというのだ。
しかも見ていた者によると、剣でも魔術でもなく、正体不明の“死神の術”でやられたらしい。
漏れ聞くところによると、伝説の『魔眼』の力ということらしい……
その当のロイは、
「死神の力を確かめるのが目的だった」
「身をもって理解できた」
「これからの魔族に必要な力だ」
などと真顔で語り、全ては予定通りだったと説明し、さらに皆を驚かせていた。
そしてメルジーヌさまは、その“死神の子”をまるで我が子のように可愛がり、子供の方もよく懐いている。
――恐ろしい死神の子の母親代わりとなり、手なずけてしまうとは、さすがは母性溢れるメルジーヌさまだ――という高評価となっている。
……
「ちょっと、あなたたち!
どうしてわたくしがアレンの“母親代わり”という事になっていますのかしら。
アレンはわたくしの“愛人”だと言ったでしょう?」
ここは魔族の幹部が集まる会議室。
昨晩のメンバー(シーラ、ジャスミン、イグナス、ロイ)に俺を加え、今後の方針を話し合う場だが、冒頭からメルジーヌが不満をぶつけていた。
「アレン殿はまだ幼いですからのう。
愛人と言われても、母親代わりにしか見えんのじゃ」
イグナスが皆の印象を代弁するように言う。
「そうよ、お母さま。
手合わせのあと、アレン君をナデナデしたり、ほっぺにチューしてたでしょ?
あれでは子供を褒めてる母親のようにしか見えないわ」
シーラも同調する。
「ふん! そこは母親ではなくて“お姉さま”でしょう?
“おねショタ”も知らないとは……度し難いほどの無知ですわね!」
女王さまは完全にご機嫌ななめだ。
「ハッ、ではメルジーヌさまは母親ではなく“姉代わり”として周知いたします」
ロイが真面目くさって答える。
「ロイ、全く分かってませんわね。
“姉代わり”と“お姉さま”は全く別物でしょう?」
女王さまの怒りはさらに増していく。
この会議はいったい何を議論しているのだろうか……
「まあまあ、メルジーヌさま。
ロイさまにはちょっと難しいですわ」
ここでジャスミンが割って入る。
「差し出がましいことですけど、“母親代わり”というのは、ちょうど都合がよいですわ。
アレンさまの力は場内に知れ渡ってしまいましたし、『メルジーヌさまの愛人』となれば、皆アレンさまのことを警戒し、反発もあるでしょう。
メルジーヌさまに懐いている子供だと思わせておく方が良いですわ」
なるほど――たしかにジャスミンの言う通りだ。
やはりジャスミンは侮れない。
「ふん……まあいいですわ、わたくしにとってはやることは同じことですからね」
いったい何をやるのやら、ようやくメルジーヌが折れ、会議の本題に移った。
メルジーヌの話は概ね次の通りだった。
―――メルジーヌの身体を分け合っている聖女の意向で、ラミビア聖王国からの生贄は止めざるを得ないこと。
その代償として、聖王国から新たな領地を獲得すること。
同時に、相互不可侵協定を改め、開国して通商協定を結ぶこと。
当面は新領地のみで魔族・人族の交易を行い、将来的にはその範囲を広げていくこと。
女王退任は一連の交渉が終わってからとし、それまではシーラを女王代理とし、イグナスが補佐すること……等々。
「メルジーヌさま、丸くなられましたね。
メルジーヌさまのお力を持ってすれば、交渉なんてまどろっこしいことをせずに、聖王家を滅ぼすぐらい朝飯前でしょうに」
ジャスミンがさらっと恐ろしいことを言う。
「ふふ、それは最終手段ですわ。今は人魔戦争の頃とは違いますのよ。
戦になれば聖女も出てきますしね。
……それより、アレン?」
メルジーヌが突然こちらを向く。
「アレンは聖王クラウスの隠し子なのでしょう?
なのに生贄として魔族に差し出されましたわね。
交渉のついでにアレンの“地位回復”を要求するとしましょう。
うふふ……そうなれば『アレン王子』ですわね。
いい響きですわ」
「……へ?」
なんかミラと同じようなこと言い出したんですが。
いま、中の人はミラじゃないだろうな……
「当然でしょう?
わたくしの愛人が虐げられているのは許せませんの。
それに――ちょうどいいですわ、新しい領地はアレンを初代領主にしましょう。
魔族が治めるより丸く収まりますわ」
「……え?」
俺が領主?
何いきなり決めちゃってるんですか、メルジーヌさま。
「さすが、メルジーヌさまじゃ。
聖王国の新たな王子が、魔族と人族の橋渡しとして象徴の地を治める……
これならば聖王国も無下に拒否できますまい」
イグナスまで同調してしまった。
「ま、待ってください、メルジーヌさま!
俺、いやボクに領主など務まるわけが……
まだ子供ですし」
「あら、心配いらないのよ。
あくまでも名目だけのことですわ。
実務はわたくしが取り仕切りますから、心配はいりませんわ」
……心配しかないんですが、ほんとに大丈夫でしょうか……
いや、きっと全く大丈夫ではないんだろうけど、俺に拒否権はないんでしょうね。
――だが、改めて考えてみると、協定改正が成されたからといって、後をシーラに任せてハンター稼業に戻る、というのはさすがに無責任だろう。
実際のところ、“協定改正”はほんの始まりに過ぎない。
魔族を憎んでいる人族も多いし、新たな領地を設けて小さな交流から始めるのは合理的だ。
となると、そもそもの発案者の俺が領主というのも――やむを得ないのかもしれない……
「では決まりですわ。
聖王国へは、わたくしが直接出向いて交渉します。
アレン、あなたも連れていきますわね。
ジャスミン、あなたも同行なさい。
シーラはわたくしの代理、イグナスは補佐。
そしてロイにはメルジニアの守りをお願いしますわ」
――こうして、メルジーヌ(ミラ)、アレン、ジャスミンの三名が聖王国へ向かうことになったのであった。




