□ 2-34 ロイとの手合わせ(5)
「ア レ ン!!」
背後からメルジーヌの鋭い声。
振り返ると、彼女が険しい顔で俺を睨んでいる。
「ロイをますます怯えさせてどうする気かしら。代わりなさい」
「ご、ごめんなさい……フレンドリーにやったつもりで……」
「フレンドリー? “精神攻撃”の間違いでしょう。
さすがは死神ですわね」
いったい何を言ってるのだろうか。
攻撃など何もしていないのに。
メルジーヌはあきれたように俺を一瞥した後、ロイの前に立つと、女王らしく言った。
「立ちなさい、ロイ。
わたくしの騎士なんでしょう?」
「は、ハッ!」
ロイはメルジーヌの姿を確認すると、直立した。
身体はふらつき、顔には涙の後が残っている。
「魔眼にやられたのでしょう?
よく戦いましたわ」
メルジーヌはロイをいたわるような口調で語り掛ける。
さすがは女王、部下の扱いを心得ている。
「ハッ、め、面目ありません……」
「でもアレンを倒そうとしたのは間違いですわ。
アレンをハーフエルフだと思うからいけませんのよ。
あれはエルフ族でも人族でもない、死神、というアンタッチャブルな種族だと心得なさい」
ちょっと、メルジーヌはまた何を言ってるのか。
勝手に俺を新たな種族に認定しないで欲しい。
「ハハッ……俺が愚かでした!」
「でも、手合わせ自体は正しい判断ですわ。
ロイには死神の力を、身をもって確認してもらったのですわ」
「ハッ、そ、そのようなこと……
た、たしかに身をもって体験しましたが……」
「そうですわ。
アレンを配下に加える以上、その力を見極めるのは当然でしょう?
手合わせの目的は達成できていますわね。
ロイは任務を遂行しただけ。勝ち負けではありませんのよ」
「そ、そういうことでしたか……!」
何かメルジーヌがロイをうまく言いくるめてしまっている。
「ふふふ……
でも死神といえどもアレンはまだ子供。
わたくしの魅力と母性でやさしく包み込んであげますの。
それならば脅威に思うことはないでしょう?」
「ハハッ、さすがはメルジーヌさま!」
ロイはだんだん元気が出てきたようだ。
メルジーヌはわりと無茶苦茶言ってると思うんだが……
「でしょう?
アレンはわたくしの愛人として、絶対服従なのですわ。
そうよね、アレン」
えっ? 絶対服従、ってちょっと言い過ぎですけど。
ここはロイの手前、話を合わせておくしかないか……
「もっ、もちろんです。
ぼくはメルジーヌさまの忠実なるしもべです。
ロイさまもご安心くださいね」
メルジーヌはそれを聞いて、満足そうに言う。
「ほら、聞いたでしょう?
アレンはいい子ですからね、わたくしが寵愛して働いてもらいますわ。
ロイに確認してもらった死神の力を、魔族のためにね。
お分かりかしら?」
「ハハァッ!! 恐れ入りましたっ!!
このロイ、メルジーヌさまの深いお考えをわきまえもせず、愚かにも死神を倒そうなどと考えたこと、万死に値します!!
メルジーヌさまの深慮遠謀のお考えに、感服いたしましたっ!!」
なんか聞いたことのあるパターンですけど。
たぶんメルジーヌは何も深いことは考えてなかったはずだけど……
そもそも、昨日は中身がミラだったわけだし。
まあでもさすがはメルジーヌというところか。
女王だけあって俺以上に弁が立つし、ものの見事にロイを立ち直らせてしまった。
これでロイの面目も立ち、メルジーヌにはこれまで以上に尽くすだろう。
しかも、この俺をアンタッチャブルな存在ということにして、メルジーヌ自身がうまく手なずけていることにしてしまった。
これで魔族の皆も俺に一目置くとともに、メルジーヌの手腕を評価するだろう。
なんという見事な収束だ……
「ふふん、死神との手合わせは良い経験でしたわね。
これからも精進しなさい、ロイ」
「ハハッ!」
ロイはいつの間にかすっきりした表情をしており、この手合わせは大団円のうちに幕が下りたのであった。
……
そのあと、メルジーヌは俺のそばに立ち寄り、耳元で囁いた。
「約束通り、協力しますわ。
その代わり、魔族にも協力してもらいますわよ」
おお、ついにやった!
メルジーヌ自ら『協力する』とはっきり言ってくれるとは。
これでメルジーヌの出した条件をクリアしたということか。
最後の条件『ミラはアレンを独り占めしないこと』はうやむやになったっぽいけど……
「ありがとうございます!
これからメルジーヌさまと一緒に歩んでいけると思うと、本当に嬉しいですぅ!」
「ふふっ……いい子ね」
メルジーヌは満足そうに俺の頭をナデナデしてくる。
「これはロイに勝ったご褒美ですわ」
メルジーヌはそう言うと、俺の頬にチュッとキスをして去っていった。
いきなりのキスに、ちょっとドキドキしてしまう。
やっぱりメルジーヌは美人でカッコいいんだよなあ……
怖くもあるし、全く油断がならないが、美人ということを抜きにしても惹かれる存在だ。
どうも距離の取り方が難しいけど……
……今日の俺は、完全にメルジーヌの掌の上だ。
だけど、メルジーヌの協力を取り付けたのは何より大きい。
これでようやく――人族と魔族の共に歩む第一歩を踏み出せた気がした。




