□ 2-31 ロイとの手合わせ(2)
さて、メルジーヌの中の人(=ミラ)だが、魔王城にいる間は、当面メルジーヌが表に出ることになった。
もっともミラはいつでも交代できるので、俺が本当にピンチになったら出てきてくれるだろう。
……
「さあ、そろそろ始めますわよ。
二人のいずれかの魔術防壁が破壊されるか、動けなくなった時点で終了としますわ。
用意はいいかしら?」
メルジーヌが俺とロイに声をかける。
いざというときは女王自ら止めに入るつもりなのだろう。
二人とも木剣を持たされ、メルジーヌによる魔術防壁が身体に張られている。
もちろん命を落とさせないためだ。
ロイは余裕たっぷりの笑みを浮かべ、木剣を軽く構える。
俺など瞬殺できると思っているのだろう。
周囲の魔族たちも固唾をのんで見ているが、深刻というより「どれだけやれるのか見物」といった空気だ。
―――さて、ここからが勝負。
俺はロイに声をかける。
「ロイさま、恨みっこなしで!
よろしくお願いしますね!」
そう言いながら歩み寄り、右手を差し出して握手を求めた。
「……ふっ、余裕があるようだな。結構だ。
その自信、へし折ってやろう」
ロイは一瞬驚いたが、すぐにニヤリと笑って俺の手を握り返す。
俺も挑発気味に笑って返すと、ロイはムッとしたように睨みつけてきた。
まるで拳闘士同士の挑発合戦だ。
その横で、メルジーヌが開始の声を発した。
「それでは―――始めますわよ」
その言葉を待っていた!
フライング気味だが、俺はロイと距離を取る“その間際”に、間髪入れず『幻術』を発動した。
対面した状態での開始―――これこそ幻術に最適な、唯一の間合いだった。
◇◇◇◇◇◇
―――その少し前のこと。
一晩考えた末、俺はロイとの手合わせについて、事前にメルジーヌと交渉することに決めた。
結論は明白だった。
まともに戦っても万に一つも勝てない。
ロイは俺に禁呪を使わせぬよう、一気に攻めてくるだろう。
油断もない。隙もない。
ミラのサポートも望めない。
となれば、俺がすべきことは一人で小細工をこね回すことではなく―――試合の“段取り”を整えること。
もしメルジーヌが「俺にも勝つ余地を残す」つもりがあるのなら、
―――不自然にならない範囲で、ロイと近距離で対面した状態で開始の合図をして欲しい。
そう頼んだところ、メルジーヌは頭ごなしに拒むのではなく、
「見返りは?」
とだけ返してきた。
そこで俺は
・魔王城ではなるべくミラを出さないこと
・聖王国との交渉はメルジーヌに任せること
の二つを提案した。
正直、この二つは大した見返りではない。
魔王城でミラが表に出れば反感を買うし、交渉事など俺たちには経験がなさすぎる。
メルジーヌは満足げに笑い、こう言った。
「合格ですわ」
―――つまり、逆に“俺が試されていた”ということだ。
もし相談もせず、正面から戦って負けていたら……
メルジーヌは俺たちを見限っていたかもしれない。
今後、共同戦線を張る以上、俺たちはもう一蓮托生。
事前に相談し、互いに妥協点を探し、いつかは信頼関係を築いていく―――
そんな未来を思い描くのは、甘すぎるだろうか。
とはいえ、これはようやく“スタートライン”に立っただけ。
幻術をどう勝利に繋げるか。
ここからは完全に俺の腕次第だ。
◇◇◇◇◇◇
「ロイさま。
手合わせは―――もう終わりです。
ほら、もう身体が動かないでしょう?」
俺は幻術を発動しながら、静かにそう告げたのだった。




