□ 2-30 ロイとの手合わせ(1)
その後、機嫌を損ねてさっさと寝てしまったミラ&メルジーヌを横目に、俺は久々に静かな一夜を過ごした。
少し残念な気もするが、今後の方針を整理する時間ができたのはありがたい。
本来ならミラと相談したいが、彼女との会話はメルジーヌに筒抜けだ。さすがにそれは避けたい。
さて、メルジーヌは俺たちに協力する条件を四つ提示した。
その中で最大の難題は二つ目―――俺がロイに勝つこと。
無茶に思えるが、魔族は「強い者に従う」単純明快な価値観だ。
俺がメルジーヌを倒したとはいえ、誰もその現場を見ていない。
魔族の前で改めて力を示せ、ということだろう。
……とはいえ、俺には荷が重すぎる。
ミラは「もう以前とは比べものにならない超一流の魔術師」なんて褒めてくれたが、さすがにそこまで自惚れる気はない。
俺の戦闘力なんて、未だに『E級』のハンターだ。
だが、もう逃げるわけにもいかない。
ミラの魂をメルジーヌに移したのも、生贄の協定を改正すると言い出したのも俺。
そして何より、人と魔族が手を取り合う未来のために、ミラを助けると誓ったのは他ならぬ俺自身だ。
自分のケツは自分で拭く。
持てる手札を全て使えば、道は開けるかもしれない。
……そう腹をくくった俺は、ロイに勝つ方法を考え始めた。
―――ロイに勝つには、やはり幻術しかない。
そして、ロイの“隙”を突くしかない。
これはメルジーヌ戦と同じだ。
ロイは親衛隊長。メルジーヌに次ぐ強さを持っていても不思議ではない。
俺の魔術や剣術では太刀打ちできる気がしない。
風魔術で竜巻を起こしても、飛翔で回避されるか、魔術をぶつけて消されるか、剣で突破されるか―――通用しない未来しか見えない。
剣術に至っては論外だ。
そこで俺は、手持ちの魔術を改めて洗い直した。
『転写』が役立ったのだから、まだ何かあるはずだ。
……例えば、『接着』。
俺のユニーク生活魔術の一つで、もの同士を強力に張り付ける力がある。
これを風魔術に紛れ込ませれば、ロイの動きを一瞬でも止められるかもしれない。
―――が、やっぱりこれだけでは厳しい。
もっと工夫しないと。
そうして俺は一晩中、悩みに悩み、脳内で何十回もシミュレーションを繰り返したのだった。
◇◇◇◇◇◇
そして今、俺はメルジニア城下町の外壁そばの広場でロイと向かい合っている。
メルジーヌとの話し合いの結果、朝からいきなり手合わせをすることになったのだ。
俺がロイに勝てるかどうかで、今後の展開は大きく変わる。
ミラも今日の勝負は避けられないと判断したようだ。
彼女は俺を“死神”として過大評価している節があるが……まあ、覚悟は決めた。
広場には、メルジーヌ、シーラ、イグナス、ジャスミンに加え、親衛隊の面々も集まっていた。
親衛隊長の戦いと聞けば、そりゃ見に来る。
ここまで観客がいるなら、結果がどうであれ俺の存在感を刻みつけてやろう。
そんなことを考えていると、自然とやる気が湧いてきた。
◇◇◇◇◇◇
――― こちら、親衛隊の面々―――
「おい、あれが隊長の相手か?
子供じゃねえか……しかも人族?」
「どうもメルジーヌさまのお小姓らしいぜ」
「え、なんでそんな奴と隊長が手合わせを?」
「稽古でもつけるんだろ」
「……いや、でも真剣勝負って聞いたぞ?」
「ってことは、もしかして隊長がわざと負けるよう言われてるんじゃ……?
メルジーヌさまには誰も逆らえねえし」
男たちはひそひそと囁き合い、ロイと俺を交互に見ている。
どう見たって子供の俺が相手という状況が信じられないようだ。
そこへ、事情を知っていそうな一人が近づいてくる。
「おい、あの小僧……妙な術を使うらしいぞ。
メルジーヌさまを一瞬ヒヤッとさせたとか」
「マジか!
まあそうでなきゃ、あんな小僧を取り立てたりしないか」
「それどころか、勝負を申し込んだのは隊長の方らしいぜ」
「へぇ……そりゃとんでもねえな。
じゃあ相当すごい術を持ってんのか?」
「いや、“死神”の術だって話だ。
死神を召喚して破滅を呼ぶらしい」
「ヒェーッ、なんだそりゃ……!」
―――という具合に、親衛隊の皆さんも興味津々でこの手合わせを見守っていたのだった。




