□ 2-26 メルジーヌとの交渉(1)
「では、さっそく……」
ミラはそう言うなり、ためらいもなくメルジーヌに声をかけた。
いつもながら、思い立ったら行動が早い。
「メルジーヌさま、突然で申し訳ありませんけど、少しお話させていただけないでしょうか」
ミラは独り言みたいな調子で話しはじめる。
……さすがに『メルジーヌさま』と“さま”付けで呼ぶのか。女王だし当然か。
「ふん、いいでしょう」
メルジーヌも即答だ。
どうやらミラと交互にしゃべり合う形になるらしい。
「それで、いつわたくしの身体を返してもらえるのかしら?」
メルジーヌはいきなりジャブを入れてくる。
当然のように身体を返せとは、やっぱり女王の風格と傲慢さがある。
「それは無理ですわ、メルジーヌさま。
私も、この身体から出ていくことはできませんもの」
「ふん、あなたに聞いてませんわ……アレン、どうなのかしら?
わたくしが魂を吸い取った人族の身体を用意してあげますから、ミラの魂だけ移すことはできまして?」
(え!? いきなり俺!?)
予想外に飛んできた質問に、心臓が跳ねる。
確かに、魂の抜けたばかりの身体があれば、転写の魔術で魂を移すこと自体は可能かもしれない。
だけど――ミラだけ選んで写すなんてことは無理だ。
転写ってのは脳髄に含まれる情報を丸ごと移す魔術なのだから。
「えーと……メルジーヌさま。それは、さすがに無理です。
魂を移す魔術は、その身体の“記憶”も“能力”も丸ごと移してしまいますので……ミラだけを選んで、というのは……
申し訳ありませんが、お二人はもう分離できないと考えていただくしか……」
「……そう。なら仕方がないわね。
では、わたくしにこの身体を使う“優先権”を与えていただけるかしら?
これはわたくしの身体ですもの」
うっ、さすがはメルジーヌ。平然と要求してくる。
しかしこれも無理な話だ。
「え、えーと、それも……難しいかと。
メルジーヌさまの魂は、本来ミラの魂に“上書き”されて消滅してもおかしくなかったんです。
奇跡的に残ってるだけで……優先権は、おそらく変えられません」
「そう……」
メルジーヌはほんの少しだけ残念そうに眉を寄せる。
俺の説明が正しいか確証はないが、魂の競合は“上書きした側が強い”というのは、まあ自然だと思う。
「……仕方がないですわね。
それで、あなたたちはどうしたいのかしら。
先ほど、折り合いをつける場所を探すしかない、なんて言ってましたけど」
今度はミラが答える。
「メルジーヌさま、お話が早くて助かります。
アレンが申しておりましたように、私たちの願いは“魔族と人族の交流と相互発展”です。
そのために、メルジニアとラミビア聖王国の不可侵協定の改正——特に“生贄の廃止”。
ここは譲れません。
それが成った後、私は……アレンと世界を旅して暮らしたいと考えております。
いまやメルジーヌさまと私は一蓮托生。協力していただけるなら、時々中身を交代しながら進めたいのですが」
「あら、協定の話、本気なのね。
わたくしが断ったらどうする気ですの?」
「その場合は、私とアレンだけで進めます。
メルジーヌさまには……しばらく休んでいただくことになりますね」
「……ふん。あなたたちにその力量があるのかしら?
国家運営の経験もない者が、聖王国と交渉?
わたくしの身体を得たからといって、事がうまく運ぶと思ってますの?
聖王国には、わたくしを恨んでいる者も多いですわ」
ミラとメルジーヌの言い合いは続く。
身体の“主導権”はミラにあるはずなのに、会話ではむしろ押され気味だ。
「そもそもミラ、あなた、わたくしの力をすべて使えるわけじゃないのでしょう?
わたくしの魔術と剣術は、わたくしの魂だけのもの。
ミラ、あなたは聖魔術は使えても、闇魔術も剣術もダメでしょう?
あなたたちが聖王国に乗り込んでも、返り討ちが関の山ですわね」
……痛いところを突いてくる。
確かに俺たちだけで国を動かすのは荷が重いし、ミラがメルジーヌの戦闘力を再現できるわけでもない。
やっぱりメルジーヌの協力は不可欠だ。
そして、説得は簡単じゃない。
ここは、俺が出るしかない。
女王を説得するなら、俺たちの都合ではなく“魔族にとっての利”を示すしかない。
「メルジーヌさま、今一度、俺の方からも説明させてください」
「あらアレン、“かわいく”って言ったでしょう?
『俺』は禁止ですわね」
(えっ、まだ引っ張るの?)
「え、えーと……は、はい。……ぼ、ぼく、説明しますぅ」
ここでメルジーヌに逆らうと話がややこしくなってしまう。
俺はまたちょっとヤケになりながら説得を始めた。
「この話、魔族のみなさんにも“すっごく”いい話なんですぅ。
昔、メルジーヌさまが人族と争っていた時代、魔族には国がなかったって聞きました。
だからこそ、アモアンダの森に国を作って、力を蓄えてこられたんですよね?
でも、いまのメルジニアはもう立派な大国ですぅ。
これからもっと発展するには……外との交流が必要なんですよぉ。
聖王国との交流を始めるのは“ちょうどいいタイミング”だと思いますぅ」
メルジーヌは腕を組み、黙って聞いている。
「それに、ミラは人族で、聖女だから、生贄をやめるのは……もう避けられないんですぅ。
なら、その代償として、魔族にも得のある協定を結びなおしましょうよ!
人族の技術や文化を取り入れれば、魔族の生活も絶対に便利になりますぅ。
魔族にとっても、いいことずくめなんですぅ!」
「…“すぅ”以外のかわいい語尾はないのかしら?
ワンパターンですわね」
それが渾身の説明に対する感想ですか……
「……へい、精進しますぅ」
「まあ、話自体は悪くありませんわね。
生贄をやめるなら、その代償を求めるのは当然。
ふふふ……わたくしは生贄がなくても、人族の魂をこっそり頂くことはできそうですし」
(しれっと怖いこと言った!)
でも、完全拒否でもない。前向き……なのか?
「それに、アレンの言うように、魔族が森を出るタイミングとしても悪くはないでしょう。
けれど――わたくしは人族を甘くは見てませんのよ?
武力で勝っていても、技術や経済で負ければ……魔族は“搾取される側”になりますわね。
聖王国に依存するようになれば、魔族の生活は脆くなりますわ。
そこをどう考えているのかしら?」
「えっ……」
思わぬ指摘に、言葉が詰まった。
経済的依存——完全に盲点だった。
メルジーヌもさすがは一国の女王。視野が違う。
「ふん……やはりあなたたちには荷が重いようね。
開国とは何なのか、考えたこともなかったのでしょう?
やはり、わたくしが出ないと無理ですわね」
「それじゃあ協力を……」
「あら、まだ“協力する”とは言ってませんわよ?
タイミングが悪くないとは言いましたけど……
あなたたちの言いなりになるメリットがありませんもの。
むしろ困らせて、失敗して泣きつかせた方が面白そうですわね……ふふふ。
そのあと、わたくしの好きなようにできますし?」
……やはり魔族の女王、さすがのタフ・ネゴシエーターだ。
どう説得するか——
俺は必死で頭を回転させた。




