□ 2-23 魔王城の夜(3)
「あ、あの……ぼくたち、たしかにメルジーヌさまに成りすまして、魔族の皆さんを欺いてしまいました。
それについては、本当にごめんなさい。
でも、それは――魔族と人族が手を取り合って生きていける未来を作りたからなんです。
メルジーヌさまの立場を借りられれば、魔族の代表として人族と交渉できる。
そう思っての行動でした」
俺の言葉に、メルジーヌはわずかに目を見開いた。
意外そうに、しかし興味深そうに耳を傾けている。
「……続けなさい」
静かに落とされた一言が、かえって緊張を高める。
どうすれば、この女王を納得させられる?
俺は喉を鳴らし、必死に言葉を組み立てた。
「はい……
正直、今の魔族と人族の関係は、とても危ういと思っています。
このままでは、いつ戦争になってもおかしくありません」
メルジーヌの表情は動かない。
続けろ、と言いたげに沈黙が促してくる。
「人族からすると、魔族は――とても恐ろしい存在です。
特に、生贄の習慣が続いていることで、恨みを抱く人が多いんです。
その不満が積もり積もって、今や爆発寸前で……」
嘘と本当を織り交ぜつつ、俺は慎重に話を続けた。
「今回、ぼくが偶然メルジーヌさまを倒してしまったことで、『魔王が倒された』と噂が広まれば……戦争はすぐに始まってしまう。
そんな未来だけは、絶対に避けたかったんです!」
俺は胸の内から搾り出すように言い切った。
「だからぼくたちは、先手を打って、新たな協定を結ぶべきだと考えました。
ミラがメルジーヌさまの身体に入ったことで、生贄も必要なくなりました。
これを機に、生贄を廃止し、魔族と人族の間に平和的な共存の道を……」
息を整え、最後に一歩踏み込む。
「ぼくたちの計画は、メルジーヌさまが復活されたことで意味を失ったかもしれません。
でも、それでも――聖王国との衝突を避けるために、そして魔族の未来のために、関係を改善するべきだと信じています!」
静寂が落ちた。
しばらく俺を見つめていたメルジーヌは、やがてふっと笑う。
「ふん……
さすがはジャスミンが認めただけの弁舌ねえ。
話としては筋が通ってるように聞こえますわ。
……好き放題やられて不愉快ではありますけれど」
俺は思わず胸をなでおろし――かけた瞬間。
「だけど、アレン――あなた、一体何者ですの?」
「えっ……?」
油断したところに鋭い問いが突き刺さる。
「ラミビア王宮の回し者?
協定について、何か指示を受けているのかしら。
ミラも聖王国で聖女の補佐をしていたのでしょう?
どうも腑に落ちませんわ」
確かに、俺とミラの組み合わせは異質だ。
疑われて当然だろう。
「い、いえ、ぼくたちは王宮とは無関係なんです!
ミラは王宮を引退して十年。
ぼくも王宮とは縁のない生活をしてきました。
アモアンダの森に迷い込んだのも本当に偶然で……すべて成り行きなんです。
そもそも、誰かの指示でメルジーヌさまを倒すなんて――そんなこと、狙ってできるわけないじゃないですか!」
「ふん……まあ、それはそうでしょうね。
計画してできるようなことではないわね」
メルジーヌは顎に指を添え、興味深そうに俺を見る。
「けれど……“成り行き”というのは分かりませんわ。
そもそもあなたたち、どういう経緯でこの森に入ったの?」
「実は……ぼく、聖王クラウス陛下の隠し子なんです」
「まあ!」
メルジーヌの顔に、分かりやすく驚きが走った。
そこから俺は、孤児院で育ったこと、ミラと二人で暮らしていたこと、王宮の刺客から逃げていたことなどを包み隠さず話した。
「なるほど……。
おほほほほ! 面白いですわ!
エルフの忌み子で、死神の術を操り、聖女に育てられた男。
今はわたくしの愛人。
そして聖王の庶子ですって!
これほど盛りだくさんな男、聞いたことありませんわ!」
メルジーヌは楽しげに笑い転げる。
……正直、笑っているうちに許してくれればいいと思っていた。
「そうなんですぅ!
ぼく、メルジーヌさまの愛人として、これからもお役に立ちますぅ!」
俺はいつもの“可愛いボク”で媚びを売ったが――
「ふふ……なるほどね。
あなたたちに後ろ盾がないことはよく分かりましたわ」
その瞬間、メルジーヌの瞳が妖しく輝く。
「これで――安心して、アレンを弄べますわね」
「えっ?」
「ふふふ……だって、ここはわたくしの寝室ですもの」
獲物を見つけた猛禽のように、メルジーヌがゆっくりとこちらへ身を寄せてくる。
……さっきまでの深刻な話はどこへ行った!?
俺の背筋に、別の意味で冷たい汗が流れ落ちていった。




