□ 2-22 魔王城の夜(2)
俺は強張った身体をどうにか動かし、メルジーヌから距離を取ろうとした。
しかし、その瞬間――すっと白い手が伸び、俺の頭を掴んで引き寄せられる。
「うふふふ……そんなに怯えなくていいのよ。
だって、アレンはわたくしの“愛人”なのでしょう?
それとも……先ほどの誓いは嘘だったのかしら?」
その笑みは、背筋が凍るほどに妖しい。
逆らうわけにはいかない。ここで機嫌を損ねたら命に関わる。
「め、め、メルジーヌさまっ!
め、滅相もございませんっ。
わ、わたくしは……メルジーヌさまの忠実な、あ、愛人にございます……!」
震えながら答えると、メルジーヌは眉をひそめた。
「はぁ……ダメですわね、そんな言葉使い。
全く可愛くないわ」
えっ? 可愛くない!?
メルジーヌはいったい……俺に何を求めているのか。
とはいえ逆らえる状況じゃない。
俺は涙目で、小首をかしげてみせた。
「ご、ごめんなさい……
ぼ、ぼく、本当にメルジーヌさまの、愛人ですぅ」
「うふふふふ……それでいいのよ」
いいのか!
俺に要求されてるのは、ショタとしての振る舞いらしい。
メルジーヌは俺の頭をナデナデしながら続ける。
「ねえ、アレン」
「は、はぁい!」
「アレンには、魅了は効かないのでしょう?」
ギクリ。
いきなりそこですか。
「そ、そうなんですぅ……」
俺は震える声で肯定する。
正確には効かないのではなくて、眼の裏に魔力を集めて防いだのだけど。
「ふふ……やっぱりそうでしたのね。
アレンにやられた理由が分かりましたわ」
魅了を防いだ仕組みまでは掴んでいないようだ。
となると、メルジーヌは“ミラの記憶”を読めないらしい。
メルジーヌは話を続ける。
「あの強力な幻術——と言っていいのかしら。なかなかのものでしたわね。
わたくしの美貌を奪いに来るなんて、発想が素晴らしかったですわ。
全く見事にしてやられましたの。
おかげで城に戻るまでずっと気を失っていましたのよ」
「ご、ごめんなさい、ぼく……」
「あら、褒めているのよ?
何百年も誰にも屈したことのないわたくしを負かしたのですもの。
素直に感心していますわ」
褒められているようだが、心臓に悪すぎる。
「それに、その後すぐミラの魂をわたくしに移したのでしょう?
あれには驚きましたわ。
機敏で、大胆で……ふふ、聖女の魂を淫魔の身体に移すなんてね」
メルジーヌはくすくす笑いながら俺の反応を見て楽しんでいる。
「ほんと、面白い子ですわね。
単なる可愛い坊やだと思っていましたけれど……
わたくしは今、あなたに興味津々ですの」
……え、まさか俺は、メルジーヌに気に入られているのだろうか?
だとしたら、取り入るチャンスかもしれない。
「ぼ、ぼくも……メルジーヌさまに興味津々ですぅ!」
俺は思わず調子に乗って答える。
「ふふん。城に来てからの立ち回りも見事でしたわね。
シーラ、イグナス、ロイ、ジャスミン……みんなコロリと騙されていましたもの。
ほんと面白いわ、うふふふふ……」
「……あ、はは……」
乾いた笑いしか出てこない。
どうやら雲行きが怪しくなってきた。
そしてメルジーヌは、やんわりしていた声色を静かに引き締めた。
「わたくしを倒したアレンが、なぜか“愛人”として皆に受け入れられていますし……
わたくしは退位してシーラに王位を譲ることになり、シーラもそのことを受け入れてますわね。
さらには生贄まで取りやめることになっていますし」
メルジーヌは、ひとつひとつ確かめるように言葉を重ねる。
「ほんの半日で、ここまでメルジニアの中枢が侵略されるとは――全く驚きですわ」
「は、は……」
俺はもう、乾いた笑いすら出てこない。
「さて、あなたたちの“狙い”は、何かしら?」
メルジーヌは身を乗り出し、俺を射抜くように見つめた。
「身体を奪い、城に入り込み、退位を認めさせ……
そのうえ、“聖女ミラ”の存在や“死神アレン”の正体まで明かすなんて。
そんな危険な真似までして、得たいものは何かしら?」
その瞳は、全てを見透かしたような冷たい光を宿していた。
「全てを話してもらいますわ。
……正直に言わないとどうなるか、分かっていますわね?」
メルジーヌの爪が俺の頭皮に触れる。
ほんの少し力を込められるだけで、俺の命はここで終わる――
しかし――まだだ。まだ釈明の機会が残っている。
たしかに、俺とミラは魔族たちを欺いた。
だがその目的は、人族と魔族が手を取り合う未来――そのための協定改正だ。
これは魔族にも利のあることだから、メルジーヌも賛同してくれるかもしれない。
それに――メルジーヌとミラはどこか似ている。
だとしたら、ミラが「面白い」と思ってくれたこの話だって、メルジーヌにも刺さる可能性がある。
これは大ピンチだが――大チャンスでもある。
俺は姿勢を正し、深呼吸してから口を開いた。
「メルジーヌさま。
釈明の機会を頂き、ありがとうございます――」
その瞬間、空気が固まった。
「か わ い く」
「……え?」
「かわいく、と言いましたわ。分かりませんの?」
この人、本当に女王なのだろうか……
これから真面目な話をしようというところなのに。
だが、俺に拒否権はない。
俺はやけくそで、身体をくねらせながら最大限に可愛く言ってみた。
「ごめんなちゃ~い、メルジーヌしゃまぁ。
ぼくちゃん★か・わ・い・く 説明しちゃいますぅ~!」
次の瞬間――メルジーヌは無言で爪に力を入れた。
「あ、いたたた…… い、痛い!
メ、メルジーヌさまァァァァ!
ちょ、ちょっと待ってください!
本当に痛いです!!」
俺の頭蓋骨がミシミシ言ってる!
本当に割れてしまいそうだ。
このままでは死んでしまう!
「うひぃーーーっ!
ご、ごめんなさいぃぃぃぃ、メルジーヌさまぁ。
し、死んじゃいますってぇぇぇ!!」
悲鳴を上げる俺に満足したのか、ようやく爪が離れた。
へたり込みながら見上げると、メルジーヌは楽しそうに笑っている。
「うふふ、おばかさん。
次にふざけたら、本当に命はありませんわよ?」
「……へ、へい」
助かった……が、精神的に死にそうである。
俺は震える手で汗を拭き、心を落ち着けながら――
説明を始めるのだった。




