□ 2-19 シーラとの夕食(2)
「皆様、スープをお持ちしました。
野菜のポタージュでございます。温かいうちにどうぞ」
料理長ガストンが給仕を連れてスープを運んでくる。
ずっとタイミングを計っていたのだろう。
「ありがとう、ガストン」
ミラは優雅にスプーンを取り、品よく口元へ運ぶ。
その仕草につられて、俺もスープを味わった。
――うん、普通にうまい。
ふと余裕が出て、目の前の皿に意識が向いた。
陶器なんて詳しくない俺でも、これがかなり高級品だと分かる。
薄く繊細で、金細工まで施されている。ドワーフ製だろうか。
……こういう技術、協定改正の交渉材料に使えたりしないかな。
などと皿に感心していたら、シーラがぽつりと言った。
「……ねえ、お母さま。やっぱり女王は退位しないといけないの?」
そのひと言で現実に引き戻される。
いよいよ話題は核心部分に来た。
「そうですわ。聖女に魔族の女王をやらせるなんて、無理がありますもの」
ミラはあっさりと言い切った。
シーラが不安げに顔を上げる。
「かといって、わたくしが女王を続けて、聖女にはずっと引っ込んでいてもらう……という訳にもいきません。
もう、わたくしだけの身体ではありませんもの」
シーラは肩を落とし、深いため息をついた。
「やっぱり、そうなのね……」
「ええ。だからこそ、聖女に女王をさせるくらいなら――あなたにお願いするしかありませんの。
女王の娘であるシーラ、あなたに」
ミラは優しく微笑むが、その眼差しは逃げ道を塞ぐような強さを帯びている。
「……あー、やっぱり。そうなっちゃうのね」
シーラは天井を仰いだあと、勢いよく立ち上がった。
「でも無理だって!
お母さまの後任なんて、絶対ムリ!
魔族がまとまってたのは、お母さまが“強いから”って理由でしょ?
私は何も持ってない。能力も実績も――“女王の娘”って肩書きだけ。
そんな私に、女王なんて務まるはずない!」
もっともな話だ。俺だって聖王の後継ぎとか無理だ。
だがミラは、微動だにしない。
スプーンを置き、柔らかな笑みのまま言った。
「あら、能力も実績も申し分ないですわよ?
宰相の仕事をしっかり引き継いで、成果も上げているでしょう?
それに、今のメルジニアは建国当初みたいに強権で押さえつける必要もありません。
あなたのように実務に明るい者こそ、これからの時代に必要とされますの」
流れるような説得。
シーラはうつむき、困ったように口を開く。
「うぅ……でもやっぱり荷が重いよ……。
お母さまみたいに堂々とできないし、舐められそうだし……。
お母さまが退位したら、それを機に悪だくみする人だって出てくるかも」
ミラはゆっくり頷いた。
「そうね。やっぱり“急に辞める”のは、無理がありますわね」
「えっ?」
思わぬ同意にシーラは驚く。ミラは楽しげに続けた。
「ですから――今すぐとは言いませんわ。
当面は、わたくしがこのまま女王を続けます。
その間に、あなたには“女王代理”として経験を積んでもらいましょう」
「じょ、女王代理……?」
「ええ。そして、あなたが正式に女王となった後も、わたくしが後見として睨みを利かせますわ。
それなら誰もあなたを軽んじることもないし、安心して務められるでしょう?」
ようやく当初の計画通りの流れになってきた。
最初に高いハードルを突きつけ、後から少し下げる――見事な話術だ。
シーラも、追い詰められてきたように口をつぐんだ。
「はぁ……なんか、上手く言いくるめられてる気がする……」
「ごめんなさいね、シーラ。
わたくしも聖女の手前、今後は“生贄”で寿命を延ばすこともできませんのよ。
そろそろ次の世代へ引き継ぐ良い機会ですわ」
シーラは意外そうに目を丸くする。
「そう……なのね。
お母さまには無限の寿命があると思ってたけど……」
「ええ。長く生きてきたけれど、これからは相応に年を取っていくでしょうね。
――だからこそ、シーラに未来を託したいのですわ」
シーラは言葉を失った。
きっと、覚悟の一部は元々あったのだ。
女王の娘として、副宰相として。
いつかは来ると分かっていた“その時”が、ついに目の前に現れただけなのだ。




