□ 2-18 シーラとの夕食(1)
俺たちは仕切り直して夕食を取ることになった。
席に戻ってほどなく、白いシェフ服に身を包んだオーク風の魔族の男が、前菜の皿を運んでくる。
「メルジーヌさま、シーラさま、アレンさま。
料理長のガストンでございます。
本日のメインは、赤ワインでじっくり煮込んだ特製牛肉でございます。
まずは前菜からごゆるりと」
深々と一礼して去っていく。
さすが女王の食卓だけあって、フルコースだ。
前菜は彩り豊かな野菜とハムの盛り合わせで、人族の料理とほぼ変わらない。
――ふと周囲を見回すと、ジャスミンの姿が見えない。
食堂の入り口に黒い蝶が止まっている。
……あれ、絶対ジャスミンだよな。
常に見張られているようで落ち着かないが、秘書とはそういうものなのだろう。
シーラを見ると、泣いていた時よりは落ち着いているものの、まだ沈んだ表情をしていた。
無理もない。
母メルジーヌの身に起きたことは、彼女にとって衝撃以外の何ものでもないはずだ。
そんなシーラに、ミラがそっと声をかける。
「シーラ。つらい思いをさせてしまいましたわね」
「……お母さま……ごめんなさい。
私、まだ……全部を受け入れられなくて。
一番つらかったのはお母さまなのに……」
シーラは不安げに母――いや、今はミラの入ったメルジーヌの身体を見つめる。
本当は“母”はもうこの世にいない。
俺が殺した。
そんな真実を胸に抱えたまま、俺は黙ってシーラを見守るしかない。
だが、俺たちの目的のためには、彼女に“メルジーヌの後を継ぐ”覚悟を持ってもらわなければならない。
「そうね。シーラにとっては大きなショックですわね。
でも、命をかけて戦って負けたのですもの、仕方がないですわ。
今こうして生きているのだから、これで良しとしないとね。
この新しい境遇も……案外、悪くないものですわ」
ミラは“負けた”ことをあえて強調しながら、柔らかく言う。
シーラに「納得してもらう」ための言葉だ。
「……お母さまがそう言うなら」
シーラはか細く頷いた。
ミラも満足げに微笑み、今度は俺へ向き直る。
「アレンだって、仕方がなかったのですわ。
わたくしが聖女を倒してしまったのだから……
でも、もう心配ないのよ。
今のアレンは、わたくしの言うことを何でも聞いてくれますもの。
ね、アレン?」
ミラがいきなり俺に話を振ってくる。
ここはミラの話に合わせるしかない。
「え、ええ、もちろんです、メルジーヌさま。
メルジーヌさまにお仕えできることが、俺の……幸せですから!」
俺はしれっとそう言ってのける。
「あ、アレン……さん?
その……仕方がなかったって、分かっているんだけど」
シーラはまだ俺への接し方を測りかねているようだ。
「シーラさま、ごめんなさい。
俺、恨まれて当然だと思っています。
でも……さっきみたいに“アレン君”って呼んでもらえたら……嬉しいです。
俺なんてメルジーヌさまの子分みたいなものですし。
シーラさまにも、弟分だと思ってもらえたら」
下手に出つつ、できるだけ親しみやすい印象を与えるように言う。
しかしシーラはそこで、ぽつりと呟いた。
「……でも、不思議。
アレン……君って、こんなに可愛いのに……
どうやってお母さまを倒したの?」
しまった。
それは説明しにくい。
俺が言葉に詰まる前に、ミラが軽やかに割って入った。
「それはね、わたくしがアレンを虜にしようと口づけしたからですわ。
“食べちゃいたいくらいに可愛い坊や”だと思っていましたのに。
口づけをしたら急に気を失って……そこで死神の術でやられましたわ」
「えっ!? そんな理由だったの?
お母さまが負けたの、アレン君にキスしたからなの!?」
シーラは素直に驚愕している。
……まあ実際、嘘ではないのだ。
「ええ、そうなんです。
メルジーヌさまに抱きしめられて、口づけされて……俺も完全に虜でしたけど。
でもミラを助けなきゃって気持ちだけは残っていて。
だからその隙に、魂を封じて……ミラを移したんです」
俺はミラの話に合わせながら説明した。
シーラはため息をつき、しみじみと呟く。
「……そうだったのね。死神の術って本当にあるのね。
そんな魔術、誰も想像できないわ……不覚を取るのも仕方ないのかも」
だが、次の問いは鋭かった。
「だけど……お母さま。
アレン君と聖女にやられて、憎んだり……許せないって思わないの?」
これも結構重大な問いかけだ。
ミラは一呼吸置いてから答える。
「そうね。悔しさは、もちろんあるわ。
でも――わたくしがアレンの上に立つ関係になったのだから、それでいいのよ。
今さら憎んだところで意味がないでしょう?
可愛くて力のあるアレンが仕えてくれるなら、それが一番ですわ」
「へえ……お母さまらしい考え方ね」
「そうでしょう?
それに、この身体の中には聖女ミラがいますのよ。
あの聖女を、わたくしがいかに利用して魔族のために働かせるか――
憎んでる場合ではありませんのよ」
ミラはメルジーヌそのもののように、堂々と笑っている。
……本当に演技なのか、不安になるほどに。
「それに、知識も経験も私の方が上。聖女なんて、いくらでも手玉に取れますわ。
この身体だって、聖女には持て余すでしょうしね。
むしろこれから大変なのは聖女の方でしょう。
……うふふふ、聖女もアレンも、まとめてわたくしの虜にしてあげますわ」
そう言うと、ミラは俺の頭をナデナデし始めた。
シーラは「はあ……」と呆れつつも、どこか安心したような顔。
「はあ……お母さまらしいわね。いつも自信たっぷりで。
羨ましいわ」
「あら、自信なんて関係ないわ。
わたくしのやりたいようにやるだけよ」
――なるほど。
こうして見ていると、ミラとメルジーヌには似たところがある。
聖女と淫魔という正反対の存在であるにも関わらず。
いつも前向きなところ。
何事にも動じないところ。
皆から頼られるところ。
そして、少年好きなところも。
ミラは素のままでもあまりに自然に“メルジーヌ”を演じてしまう。
聖女でありながら、魔族の女王としての立ち振る舞いにこれほど馴染むとは思わなかった。
……そして俺自身、気づいてしまう。
どうやら俺は、ミラが演じる“メルジーヌ”に――
いや、メルジーヌそのものに……惹かれ始めている。




