□ 2-16 ロイの申し出
「アレン殿」
ふいに、今まで黙っていたロイが俺に声をかけてきた。
嫌な予感がする……
「一度、俺と手合わせさせてもらえないだろうか。
正直、貴殿がそれほどの戦士だとは思っていなかった」
はあ……やっぱりそう来たか。
ロイは剣士らしいし、空も飛べて、親衛隊長だし。
どう考えても勝てるわけがない。
幻術が使えればチャンスがあるかもしれないが、その隙を見出すのはメルジーヌ以上に難しそうだ。
ロイはさらに続けた。
「アレン殿はメルジーヌさまを倒された。
そしてメルジーヌさまは、死神には勝てないとおっしゃった。
そのアレン殿が生涯お仕えすると誓われた以上、今後は貴殿がメルジーヌさまをお守りするのが筋だろう」
なるほど、理屈は分かるが……ロイ本人はメルジーヌに恋慕しているはずよな?
そんな相手に、こんな話をするのはどういうことなのか。
「俺としては、アレン殿の実力をこの目で確かめて、安心したいのだ。
それに、一戦士として強者には挑みたい気持ちがある。
俺は力不足かもしれんが、ぜひ手合わせ願えないだろうか」
うっ……そういうことか。
そう言われると断りづらい。
死神には勝てないでしょう―――ミラは断言してしまった。
それを確かめたいと言われれば、逃げ場がない。
(ロイは俺を叩き潰す気だよな……これ)
俺はなんとか冷静を装い、慎重に言葉を返した。
「ロイさま。
強者とおっしゃいますが、俺が得意なのは“魂の転生”の禁呪でして……手合わせ向きじゃありません。
本気でやれば手合わせじゃ済みませんし、かといって禁呪を使わなければ、俺は大して強くありません」
するとロイは、まるで待ってましたと言わんばかりに笑った。
「禁呪? 大いに結構だ!
俺は親衛隊長。メルジーヌさまのためならば、いつでも命を捨てる覚悟がある!
アレン殿の強さが証明できるなら、俺は喜んで死んでいくだろう」
……ダメだ。この人、脳筋すぎる。
おそらくロイは、メルジーヌが俺に敗れたことを、まだ認めたくないのだろう。
しかも、俺には勝てると踏んでる。確実に。
実際、魂の禁呪……というか転写の魔術は時間がかかり過ぎるので、戦闘で使えるわけがない。
(この話の流れでは、もはや戦わないとダメか……)
「はあ、仕方がありませんね。
できるだけ禁呪を使わないようにしますが……お手柔らかにお願いします」
そう答えたが、胃が痛くなってきた。
せっかく魔族のみんなといい雰囲気になりつつあったのに、またしても大ピンチだ。
このラスボス級の男と戦う羽目になるとは……
そのとき、ミラが助け船を出してくれた。
「ロイ。手合わせもいいけど、また今度にしなさい。
わたくしたち、まだ夕食を頂いてませんのよ?」
「はっ、大変失礼いたしました!」
ミラの優雅な“圧”に、ロイは即座に直立不動になる。
『また今度に』――それは、その気になれば10年、20年後ということも可能……ではないだろうが、うやむやにできる可能性が少し出てきたかも。
「聖女には、魔王城の中ではおとなしくしてもらうようにお願いしてありますの。
ですから、あなたたちは普段通りの“わたくし”に接しなさい。
聖女の魂が入り込んだせいか、記憶が少し混乱しているようですけど……気遣いは無用ですわ。
そろそろ夕食をいただきたいですわね」
ミラはそう言って、この場を切り上げにかかった。
そこにイグナスが慌てて割り込んできた。
「メ、メルジーヌさま、本日は大変なご苦労を……!
アレン殿も、ど、どうかよしなに……
こ、今後のことは、あ、明日にでも、ご相談させてくだされ……!」
イグナスはまだ動揺が残っているようだが、何とかそれだけ言うと退出していく。
ロイもそれに続き、部屋から姿を消した。
ジャスミンはそれを見送ると、静かに言う。
「メルジーヌさま、シーラさま、アレンさま。
少し遅くなりましたが、ご夕食の準備が整っております」




