□ 2-15 魔族を懐柔する(4)
――さて、ここが正念場だ。
“死神”なんて得体の知れない存在が、本当にメルジーヌに忠誠を誓っているのか。
しかも「愛人として一生仕える」などと言っているのは本気なのか。
……ジャスミンは、そこを疑っている。
いや、当然だ。ここで曖昧な返事をすれば、全部が水の泡だ。
俺は腹をくくり、ジャスミンの視線を真正面から受け止めて口を開いた。
「ええ、誓いました。
俺の心は、完全にメルジーヌさまに奪われています。
この世界で誰よりも美しく、強く、そして魅力的な女性に……俺は恋い焦がれているんです」
俺は一歩進み、堂々と宣言する。
「その証拠を――今、ここでお見せしましょう!」
……そう。勝負は、ここから。
誠に不本意ながら、 “おねショタ”しかない。
「お、お姉さまぁ……
ぼく……お姉さまのことが……だぁいすきなのっ」
舌足らずの甘え声。たどたどしい足取りでミラに駆け寄る。
我ながら完璧な演技だ。
一瞬、ミラの顔に「えっ!?」という素の驚きが走ったが、すぐに切り替えて手を差し伸べてくれる。
「まあっ……アレンったら、甘えん坊なんだから」
優しい声で、頭をナデナデしてくれる。
いい感じだ。
阿吽の呼吸で、ミラも俺の演技に合わせてくれている。
ちらりと魔族たちを見ると、皆、強張った顔で固唾を飲んでいる。
「お姉さまって……とっても綺麗で、いい匂いがするの。
ぼく、ぎゅーってしてほしいの」
「うふふふ……もちろんよ。なんて可愛らしい愛人なのかしら?
すぐにでもお持ち帰りしたいわ。
後で二人きりでお部屋に行きましょうね」
ミラが満足そうに俺をぎゅーっと抱きしめる。
お持ち帰りとは……?
その言葉には少し引っかかったが、俺は一層甘えた声で続けた。
「はぁい、お姉さまぁ……
ぼく、お姉さまの愛人になれて、しあわせですぅ」
魔族たちを見ると、皆、能面のような顔をして、完全にドン引きしている。
だが、これで俺がメルジーヌの愛人だと確信できたはずだ。
「おほほほほほ!
あなたたち、よくわかったでしょう?
アレンはこの通り、わたくしの虜なのですわ。
何も心配することはありませんのよ」
ミラが上機嫌で魔族たちに言い放つ。
その堂々とした態度に、魔族たちは脱力したかのようにうなずき始めた。
俺もすかさず言葉を重ねる。
「そ、そんな感じなんです。
少々お見苦しいところをお見せしましたが……ぼく、いや俺にとって、メルジーヌさまは理想のお姉さまでして。
どうしようもなく魅入られてしまったんです。
愛人としてお仕えできるなんて、これ以上の幸せはなくて……」
魔族たちの視線が柔らかくなっていく。
ジャスミンも釈然とした様子で、どこか笑っているようだった。
「うふふ、アレンさま……なかなか興味深いものを見せていただきましたわ。
どうやら、メルジーヌさまの魅力にすっかり虜なのですね」
おお、俺の渾身の演技が効いてる。
……さて、ここからはもう少し“真面目な俺”を見せる番だ。
今後のことを考えると、話が通じるところも見せておかねばなるまい。
「ええ、メルジーヌさまに惹かれたのは、見た目の美しさだけではないんです。
メルジーヌさまと戦って分かったんです。
その強靭な肉体、膨大な魔力、魔術と剣術の技量……俺が勝てたのは奇跡みたいなもので、魂の転生の禁呪という裏技がなければ、到底かないませんでした」
魔族たちがピクリと反応する。
俺は熱っぽく続ける。
「それに、メルジーヌさまはこの国メルジニアを築き上げた偉大な女王です。
ここに来る途中の街の繁栄には圧倒されました。
知恵と力を兼ね備えた為政者であり、美貌の女王―――まさに理想のお姉さま。
そんな方にお仕えできるなら、逃す理由がないと思ったんです。
だから、マゾとかそんな話ではなく、純粋に心からお仕えしたいと思ったんですよ」
魔族たちも、主人であるメルジーヌを称賛されてどこか誇らしげなようだ。
ロイなどは「そうだろう」とでも言いたげな顔をしている。
そこで、俺はミラのことも加えていく。
少しでもミラの印象を良くしておけば、後々、協定改正の話も進めやすくなるだろう。
「……そして、メルジーヌさまの身体を共有するミラも、メルジーヌさまを心から尊重しています。
ミラは聖女です。
いつも自分の幸せよりも他人の幸せを考える、そんな人なんです。
決して魔族に害をもたらしません」
俺は静かに、しかし確固として続けた。
「ミラは俺の母親代わりで、命がけで俺を救ってくれました。
メルジーヌさまとの戦いで、ミラの自爆がきっかけとなって魂を封じ、こうして一つの身体に宿ることになったんです。
俺にとって、メルジーヌさまとミラ……その両方に仕えることは心からの喜びです」
魔族たちは静かに聞き入っている。
「もちろん、メルジーヌさまの身体を奪ってしまったことは、本当に申し訳なく思っています。
けれど戦いの最中の出来事でした。
生きるために、お互い必死だったんです。
どうか……どうか今のメルジーヌさまとミラ、そして“愛人”としての俺を、受け入れて頂けたら」
言い切ると、場にしんと静寂が落ちた。
しばし沈黙が流れたが、やがてジャスミンが口を開いた。
「アレンさま。
あなたが、メルジーヌさまとミラさまを心から慕っていること、よく伝わりましたわ。
戦いの果てに互いを尊重されている……そのように理解しました」
敵意はない。
ジャスミンの目はむしろ、評価するように光っている。
「それにしても……アレンさまは並外れた才能をお持ちですね。
死神としての力だけでなく、すばらしい弁舌まで備えておられる。
魔族の前でも動じない。
そのアレンさまがメルジーヌさまに心から仕えるのならば、異存はございません」
最後に――
「聖女ミラさまも同居されているとはいえ、メルジーヌさまがご健在なのは事実ですもの。
ミラさまなら、きっとメルジーヌさまを最大限に尊重されるでしょう」
……ミラにプレッシャーをかけつつも、受け入れてくれたようだ。
とりあえず――最大の難所は乗り切った。
それにしても、『サキュバスの愛人』だなんて、成り行き上、そういう設定にしてただけなのに、ここにきて名実ともに“ミラとメルジーヌの愛人”になってしまうとは……
……これも全部、ミラの計画のうちだったのか?
たしかに、この方が都合がいい。
俺がミラ、いやメルジーヌと行動を共にしていても、『愛人』ならば魔族たちも文句をつけにくいだろう。
さすがはミラだ。
俺を愛人にする、というのはやはり深慮遠謀の策だったのか?
絶対違うとは思うけど……
いずれにしても、まだまだ俺もミラには敵わないということだな……




