□ 2-13 魔族を懐柔する(2)
さすがはミラだ。
ここで治癒の力を使って“自分が本当に聖女である”と証明してしまうとは……
魔族を相手にこの立ち回りは並の度胸ではない。
――これで魔族たちも理解しただろう。
聖女ミラが確かにメルジーヌの身体に存在していること。
そして、敵意はないということを。
やがてミラの顔に再び魅惑の文様が浮かび、静かに目が開く。
妖艶な微笑を湛えたメルジーヌが戻ってきた。
「分かったでしょう?
わたくしはサキュバス。魔族ですから、聖魔術など使えませんわ。
ましてや長年の古傷を癒すなんて不可能。
――身体が聖女に乗っ取られている証拠ですわ」
ロイを見据え、きっぱりと言い放つ。
「メ、メルジーヌさま……」
ロイの顔はみるみる悲しみに染まり、聖女の支配という現実をようやく飲み込んだようだ。
「お身体を取り戻すことは……もう無理なのでしょうか。
そ、その少年を……痛めつけても……」
「無駄ですわ。死神には勝てません。
それに、お前がアレンに危害を加えようとしたら――聖女が、お前を殺しますわ。
この身体でね」
「ああっ……」
ロイは肩を落とし、深くうなだれた。
その姿が痛々しく、胸がちくりとする。
本当はメルジーヌは死んでいて、俺が殺した――そんな事実を彼が知ったらどうなるか考えるのも怖い。
だが、もう後には引けない。
ロイが黙り込むなか、イグナスが必死に俺へと向き直った。
「あ、アレン殿……メルジーヌさまのお身体を……返すことは、できぬのでしょうか。
メルジーヌさまは、わ、我ら魔族の王……かけがえのないお方なのじゃ……」
その懇願に、俺は気を引き締めた。
ここが勝負だ。
魔族たちを説得し、協定改正へ持ち込む――そのためにミラが流れを作ってくれた。
必要なのは、“死神”としての存在感。
俺がただの少年だと悟られれば、すべてが崩壊する。
「えーっと、イグナスさま、魔族の皆さま。
改めまして、『死神』アレン・ロジエです。
申し訳ないんですけど、メルジーヌさまの身体を返す……それはもう無理なんです」
俺はわざと肩をすくめながら、あえて軽薄な口調で続ける。
「さて、皆さま、人が死ぬとどうなるか……ご存じですよね?
肉体は朽ち果て、その魂は冥界に旅立つのです。
でも、その魂を捕まえて、別の健康な身体に入れてやれば……また生き返るんですよ。
『死神』の力を使えばね。
俺のやったことは、まさにそういうことです」
講釈を垂れつつ、死神らしく“淡々と”話す。
「メルジーヌさまは、聖女ミラを殺しました。
だから俺は仕方なくメルジーヌさまの魂を封じ、その身体に聖女の魂を入れただけです。
他に使える身体もなかったので……まあ、やむを得ませんよね」
魔族たちがざわめくが、気にせずに続ける。
「で、この魂を移す術……どうやら“禁呪”だったみたいでして。
禁呪には誰も抗えません。
それに、一つの身体に二つの魂を入れてしまったので、完全に重なり合っていて、もう分離は不可能なんです。
死神といえど万能じゃなくて……申し訳ないですけど」
魔族たちの動揺を眺めつつ、俺は淡々と締めくくった。
「……そ、そんな……」
イグナスは青ざめたまま声を失って立ち尽くしている。
この機を逃さず、ミラが前に進み出て、穏やかに語りかけた。
「そういうことなのですわ。
わたくしは聖女には勝ちましたけれど、アレンには敗れましたの。
勝敗は戦士の常。悔しいけれど納得していますわ。
幸い、こうして生かされていますもの。
アレンの言う通り、今のわたくしは聖女の魂と共存しているだけで、決して死んだわけではありませんのよ」
ミラの口調は、まるで魔族たちを諭すかのようだ。
魔族たちは、その言葉にひどく気落ちしてしまっている。
敬愛する女王が禁呪によって縛られ、元に戻る望みは絶たれてしまった。
その事実が、彼らの心に重くのしかかっているようだ。
「お、お母さま……」
シーラは泣き声を漏らす。
胸が痛むが、仕方がない。
俺たちも命を狙われたのだ。ミラの言う通り、戦いに勝者と敗者がいる――今回は俺たちが勝っただけだ。
「メルジーヌさま」
その時、不意に鋭い声が響いた。
振り返ると、真剣な眼差しのジャスミンが立っていた。




