□ 2-12 魔族を懐柔する(1)
やがてミラがゆっくりと口を開いた。
「残念ですけれども、わたくしは戦いに敗れましたの……そこの、アレンに」
場が一瞬で凍りつき、魔族たちの視線が一斉に俺へ突き刺さった。
(ええーーっ!?)
また心のなかで叫びそうになる。
ミラは今度は何を言い出すのか。
「わたくしはアレンに魂を封じ込められ、さらに聖女の魂を植え付けられましたの。
魂を操るアレンの力……それは死神の力ですわ。
わたくしも抗う術がありませんでしたの」
まさか魂の話まで出すとは。
魔族たちも言葉を失ったまま固まっている。
「今はこうしてメルジーヌとしての人格が表に出ているけれども、すでに聖女の支配下にある身。
ですから、女王の座に留まることはできません。
シーラに後を託しますわ」
魔族たちの息を呑む音がはっきり聞こえた。
まさか自分から「中身に聖女がいる」とカミングアウトするとは――
だが、よく考えるとこれは相当に巧妙だ。
『聖女に身体を乗っ取られたメルジーヌ』という体裁なら、退位の理由として魔族も反論しづらい。
正体バレのリスクも、逆に「堂々と明かす」ことで抑え込んでしまったわけだ。
ミラはうまいこと考えたものだ。
「せ、聖女の……支配……?」
シーラは顔を青ざめさせ、口をぱくぱくさせている。
その様子を見つつ、ミラはさらに続けた。
「そうですわ。分かりやすく言えば、聖女に身体を乗っ取られたということですの。
そして、そう仕向けたのは――そこの死神アレンですわ」
どうやら俺のことを「死神」で押し通すつもりらしい。
まあ、ただの少年にやられたと言うよりは説得力があるか……
「そ……そんな……お母さま……」
シーラは震える声で呟き、その隣でイグナスも呆然としている。
その中で、最初に口を開いたのはロイだった。
「メルジーヌさま。そのような話、とても信じられません」
毅然とした表情で、きっぱりと言い切る。
「メルジーヌさまの強さは、誰よりも承知しております。俺など足元にも及びません。
そこの少年がメルジーヌさまを封じ、さらに聖女に支配されているなど……到底、信じられません」
ロイの言うことはもっともだ。
ただの少年に見える俺がメルジーヌを倒すなど、普通はありえないだろう。
どうやってロイを納得させるのか……?
ミラはロイの視線を正面から受け止め、不敵に笑った。
「ふん、アレンは見た目こそ幼いけれど、ただの少年ではなくてよ。
――エルフの忌み子は死神の生まれ変わり。伝承の通りですわ。
実際に見てもらう方が早いかしら。
わたくしを支配する聖女に代わってもらいますわ」
そう言うと、ミラは静かに眼を閉じた。
もしや、ここで人格が切り替わる演技をするつもりなのだろうか。
しばらくの沈黙――そして、眼が開く。
「皆さま、初めてお目にかかります。
聖女ミラにございます」
さきほどまで顔にあった『魅惑の文様』は消え、表情は清廉で穏やかなものに変わっていた。
聖女ミラとはいかなる者なのか―――皆がミラの一挙一動に注目する。
「私はアレンのおかげで、今はメルジーヌさまのお身体の中にご一緒させていただいております。
ですが、ロイさまが信じられないのもごもっともです。
証拠をお見せいたしましょう」
ミラってこんなにうまい役者だっただろうか。
これなら、聖女の人格に切り替わったと誰もが思うだろう。
しかし、証拠を見せるだなんて、いったい何をするつもりなのか。
俺の心配をよそに、ミラはロイに向き直った。
「ロイさま。あなたは左ひじに古傷がありますね。
骨が剥離して固まり、治療が妨げられていたはずです。
私の力で癒して差し上げますわ」
ミラは静かに胸の前で両手を組み、聖なる祈りを捧げる。
淡い光がロイの左ひじを包み込む。
ロイは驚きの表情を浮かべながら、自分のひじを見つめる。
やがて光がふっと収まると、ミラは組んでいた手をほどいた。
「どうでしょう? もう痛みはないはずですわ」
ロイはおそるおそる腕を動かし、目を見開いた。
「あ、ああ……確かに……治っている……」
「それは良かったですわ。どうか皆様、ご安心ください。
私はこの身体を借りているだけで、皆様に敵意はありません。
メルジーヌさまとも、皆様とも、仲良くさせていただきたいのです」
柔らかく微笑みながら、魔族たちを見渡すミラ。
「では、メルジーヌさまにお戻りいただきますね。
失礼いたします」
そう締めくくると、ミラは再び眼を閉じた。
魔族たちは固唾をのみ、ただその神聖な気配に圧倒されていた。




