□ 2-11 魔王城にて(2)
見ると、杖を突いた年配の魔族がロイを従えて入ってくる。
どう見てもドワーフ系で、恰幅の良い体に長い白髭がよく似合う。
威厳があるというか、仙人めいている。
「メルジーヌさま。お食事前に失礼いたします」
「あら、イグナス。それにロイも来たのね。何の用?」
これが宰相イグナスか。
女王が“愛人を連れて帰ってきた” となれば、確かに宰相としては見過ごせないのだろう。
できれば穏便に済ませたいところだが……
「メルジーヌさまの新しいパートナーに、ご挨拶をと思いまして」
「ふん。野次馬根性ね、イグナス」
ミラの返しは冷たい。ジャスミンやシーラとは大違いだ。
「とんでもございません。この方がアレン殿ですね。
精霊の里の血筋でいらっしゃるとか。
宰相のイグナスにございます。以後お見知りおきを」
イグナスはミラに礼をしたあと、俺に向き直り丁寧に挨拶してきた。
俺もきちんと応じるべきだろう。
「イグナスさま。アレンと申します。こちらこそよろしくお願いいたします」
「ほほほ、礼儀正しい方ですな。わしも嬉しい限りですじゃ」
穏やかそうな口調だが、底が読めない人物にも見える。
俺は続けてロイにも挨拶することにした。
最も警戒されそうな相手には礼を尽くしておいた方がいい。
「その……ロイさまにも、ご挨拶を。先ほどは失礼しました。
アレンと申します。どうぞよろしくお願いします」
ロイは驚いたように目を瞬かせたが、すぐに真面目な顔つきに戻り、姿勢を正して言った。
「アレン殿。俺はメルジーヌさまの親衛隊長のロイだ。
メルジーヌさまに害をなす者は、たとえ誰であろうと容赦なく排除する。
そのつもりでご留意願いたい」
案の定、ケンカ腰だ。だが護衛の立場なら当然だ。
恋慕していようがいまいが、急に現れた愛人が安全かどうかは最大の関心事だろう。
「ロイ、どういうつもり? アレンがよほど気に入らないようね」
「いえ、職務ゆえ。ご寛恕いただければ」
「……ふん。まあいいわ。
ちょうど皆が集まったところで都合がいいわね。言っておきたいことがありますの」
ミラは全員を見渡し、冷ややかな笑みを浮かべた。
空気が一気に張りつめる。
一体何を言おうとしているのか。
十分な打ち合わせをしていない俺には見当もつかない。
「わたくし、女王を退位しますわ。
後任はシーラに」
(――ええええええっ!?)
俺は心の中で絶叫した。
食堂の空気が一瞬で凍りつき、全員が目を見開いて固まっている。
まさか、魔王城に来て早々、いきなり『退位宣言』とは。
本来なら、数日かけて魔族側の状態を探り、慎重に話を進めていくところだろうに……
ミラは「メルジーヌの中身がまだバレていない今こそ好機」と判断したのだろうか。
それにしてもすごい度胸だ。
「お、お母さま!
ど、どういうことなの!」
シーラは顔を蒼白にして声を震わせる。突然の後継指名に頭が追いついていない。
「そ、そうですじゃ。
急に退位など……もちろん何か深いお考えがあってのことでございましょうが……」
イグナスも慌てて付け加え、白髭を撫でながら落ち着きなく視線をさまよわせている。
「俺は親衛隊長ゆえ、退位されようとお守りするだけだが……
事情くらいは伺いたい」
ロイはきっぱりと言い放ち――そして冷たく俺を一瞥した。
明らかに「お前のせいか」と思っている目だ。
(いやいやいや、俺は何もしてないからな!?)
「ふん」
ミラはシーラ、イグナス、ロイの顔を順番に眺め、余裕たっぷりに口元を吊り上げた。
ひるむ気配ゼロ。むしろ、この混乱を楽しんでいるようにさえ見える。
三者三様に取り乱している状況――
シーラは不安に震え、イグナスは焦り、ロイは疑念を露骨に向けてくる。
一体どう切り抜けるつもりなのか。
本来の計画では、メルジーヌが「そろそろ引退したい」と言い出し、
それを理由に「生贄制度はもう不要だ」と話を持っていき、
聖王国との協定の見直しにつなげる――そんな段取りだった。
だが、この状況では、そんな筋書きがそのまま通るとは到底思えない。
(ミラ……どうするつもりなんだ……?)




