□ 2-10 魔王城にて(1)
やがて、俺たちの眼前に、漆黒の魔王城が迫ってきた。
その姿は荘厳な、夕日に照らされて闇の中から浮かび上がるようだ。
「これが……魔王城……!」
その迫力に思わず声が漏れる。
石造りの外壁は深淵を思わせるような黒さで、見る者を威圧してくる。
高くそびえる塔や鋭く尖った屋根は、空を切り裂くように広がっている。
夕焼けに染まったそのシルエットは、何とも言えない神秘さと恐ろしさを兼ね備えていた。
上空から接近すると、上層階の広いテラスが見えてきた。翼を持つ魔族専用の入口らしく、ゆったり降り立つスペースが確保されている。
奥には大きな扉があり、両脇の松明がゆらめいて厳かな空気を放っていた。
ミラが一歩踏み出した瞬間、扉がギギィと音を立てて重々しく開いた。
まるで女王の帰還を歓迎しているかのようだ。
「さあ、アレン。行きますわよ」
ミラはメルジーヌの口調に切り替え、女王の風格で歩み出す。
俺も心を落ち着け、深呼吸してその後に続いた。
内部は明るいエントランスホールとなっており、奥から蝶のような小さな生き物がふわりと舞いながら近づいてきた。
それは次第に光を帯び始め、光の輪郭がみるみるうちに大きくなったかと思うと、次の瞬間――女性の姿へと変わった。
そこに立っていたのは、黒髪細身のメイド姿の女魔族。二十歳前後の凛とした美女だ。
黒を基調としたメイド服は白いフリル控えめで上品。落ち着いた雰囲気によく似合っていた。
「メルジーヌさま、おかえりなさいませ」
「あら、ジャスミン。お出迎えごくろうね」
これが妖魔ジャスミン……か。
蝶から一瞬で人に化けるとは、まるで神話の妖精みたいだ。
人族と似ているようで、よく見ると耳が少し尖っている。
「この方が、メルジーヌさまのお相手様ですね。
さきほどロイから伺いました」
「そうよ、アレンっていうの。
可愛いでしょう?」
ミラが誇らしげに紹介すると、ジャスミンは俺の目線に合わせて腰を屈め、丁寧に挨拶してきた。
「アレンさまですね、ジャスミンと申します。
よろしくお願いますね」
微笑んでいるが、その眼差しは鋭い。
やはり油断ならなそうだ――が、敵意は感じない。
「ジャスミンさま、メルジーヌさまのお供のアレンです。
こちらこそよろしくお願いします」
「まあっ、本当に可愛らしい方。
今夜が楽しみですわねえ、メルジーヌさま。
うふふふふふふ……」
ジャスミンは意味深に笑いながら、いきなり俺の頭を撫で、頬までサワサワ触ってきた。
思わず身体がビクッと固まる。
「あら、ダメよ。この子は私のもの。
ジャスミンにはあげませんわよ」
ミラが俺の肩に手を回し、ぐいっと引き寄せた。
「うふふ、もちろんですわ。
メルジーヌさまがお相手様をお連れになるなんて、どんな方なのか気になっておりましたが……安心いたしましたわ。
ようございました」
そう言って微笑むジャスミンだが、どういう基準で「安心」したのだろうか。
ひとまず敵視はされていないらしい。
「それではメルジーヌさま。お食事の準備が整っております。
食堂へどうぞ。シーラさまもお待ちです」
「あら、今日はシーラも一緒なのね」
ミラは小さく笑い、ジャスミンの案内に従って歩き出す。
俺も気を引き締めて後に続いた。
石造りの廊下を進む途中、何人かの魔族とすれ違う。
猿に似た顔の者、トカゲのような輪郭の者など見た目はさまざまだが、恐ろしいという感じはなく、普通に会釈を返してくる。
魔族といっても、人族とまったく違うわけではないのかもしれない。
やがて案内されたのは、広々とした食堂――というより小さなホールのような部屋だった。
天井にはオイルランプのシャンデリアが輝き、壁のウォールランプも洒落ていて、さすが女王の食堂という豪華さだ。
食堂の奥には、一人の美しい魔族が待っていた。
奥には美しい魔族の少女が立っていた。
透き通る白い肌、少し幼さの残る顔立ち、揺れる金髪――
彼女こそ、メルジーヌの娘・シーラなのだろう。
見た目の年齢は十七、八といったところだ。
ミラの話では百歳を超えているらしいが、魔族の年齢は本当に見分けがつかない。
メルジーヌが妖艶でたおやかな美女だとすれば、シーラは健康的で活気に満ちた美少女だ。
金髪の間からは小さな二本の角が覗き、後ろでは細く尖った尻尾が揺れている。
やはりシーラも淫魔なのだ。
「お母さま、おかえりなさい。首尾はどうだったの?」
シーラはミラが近づくと、ぱっと笑顔を向けてきた。
「残念ながら魂は逃してしまったのよ」
「へぇ、お母さまでもそんなことがあるのね。よほどの強敵だったの?」
「自爆されたのよ。油断したわ……。だけど、この子を手に入れたの」
ミラはそう言って、嬉しそうに俺の頭を撫でた。
まったく今日はよく頭を撫でられる日だ。
「あ、この子がロイの言ってた“愛人”ね」
「そうよ、アレンっていうの」
「アレン君ね。よろしくね!」
シーラは明るい声で、裏表のない感じで挨拶してくる。
「シーラさまですね。アレンです。
どうぞよろしくお願いします」
俺が少し緊張しながら頭を下げると、シーラは楽しそうに言った。
「へえ、しっかりしてるのね。
お母さまが“生贄を持ち帰る”って珍しいことするから気になったけど……分かる気がするわ。
お母さま好みの可愛い少年ね」
「でしょう? 分かってもらえるかしら?」
「ええ。まぁ、私の好みとはちょっと違うけどね。
でも確かに可愛いわ」
ミラとシーラは仲良く会話しているが……これが母娘の会話なのか?
娘に愛人を自慢する母と、それを評する娘――サキュバス親子なら普通なのかもしれないが……
ともあれ、メルジーヌは少年好き、シーラは年下は守備範囲外……ということらしい。
「メルジーヌさま、お席はどのようにいたしましょう?」
控えていたジャスミンが尋ねる。
「そうね、わたくしはアレンとこちらに座るわ。シーラは向かいに」
「かしこまりました」
ジャスミンが席を整える。その時――入口の方から気配がした。
BGMは、上原ひろみ Old Castle, by the River, in the Middle of a Forest
https://www.youtube.com/watch?v=z5gWB8qM8Dw




