□ 2-9 魔王城へ(2)
作戦の細かいところなんて何ひとつ詰まっていない。
それでもやるしかない。出たとこ勝負だ。
少なくとも――ミラの“メルジーヌ演技”は完璧だった。
あの堂々とした態度なら、魔族たちも疑いなく従うだろう。
問題は、どうやって「協定改正」に話を持っていくかだ。
(引退を口実にするのはいいとして……理由がな……)
生贄を廃止して、国交を結ぶ。
そんな大転換を宣言するには、それなりの説得力がいる。
(そう簡単には思いつかないよな……)
とにかく、まずは魔王城での夕食だ。
ここが最初の関門。
ロイ、シーラ、宰相イグナス、侍女ジャスミン……
キーパーソンの性格と動きをしっかり見極めて、作戦を進める。
ミラだって頼ってくれてるんだ。
ここでへこたれるわけにはいかない。
―――と思っていたところで、ミラがふいに言った。
「じゃあ……お姫様抱っこしてあげるね。
飛翔術でアレンを運んでいくから」
「へ?」
お、お姫様抱っこ……だと?
「お城まではかなり遠いのよ。城下町も越えるから、歩いて行くなんて無理よ。
幸い、私には翼があるし、かなりの力持ちなのよ」
ミラはにっこり笑い、スッと近づくと――
まるで子猫でも持ち上げるみたいに、俺を抱え上げた。
「ちょ、マジですか!」
俺、ミラに抱っこされてる……!?
メルジーヌは長身で、俺は外見が10歳くらい。
傍から見れば「子供を抱きかかえた女騎士」だ。
でも俺、15歳の青年なんですけど。
せっかく“頼れる男”になってきたと思ったのに……!
そう思う間もなく、身体がふわっと浮いた。
「ちょっ……これ、めちゃくちゃ怖いんだけど!
ミ……じゃなかったメルジーヌさまぁーーー!!」
「こら、アレン! 暴れたら落ちちゃうわよ!」
ミラの腕だけが命綱。
落下が怖くて思わず彼女の首にしがみつく。
「アレン、気持ちいいよね。空の旅」
「うひぃーーーーー!」
とても空の旅を楽しむどころではない。
前方からは風が直射し、身体がグラグラと揺れる。
ミラは平然と高度を上げていくが、俺は必死でバランスを保つのがやっとだ。
やがて城壁を越え、城下町へ。
眼下に広がるのは――壮大な街。
“城下町”というより“ひとつの国”だ。
これがメルジニア……。
アモアンダの森の中に、こんな大国が隠れていたなんて。
――狂気の魔女・メルジーヌ。
魔族にとって、彼女はどんな女王だったんだろう。
これほどの国を築き、生贄で寿命を延ばし、何百年も統治してきた存在。
尊敬も畏怖も、すべて集めていたはずだ。
そんな女王を――俺は殺してしまった。
その俺が、魔族相手に平然と作戦を進めることができるのか?
(いや……ミラのほうがよっぽど大変なんだよな)
死んだ女王になりきって、協定改正にこぎつける。
ミラの負担は桁違いだ。
支える側の俺が弱気になってどうする。
気合を入れ直しながら街を見下ろすと、石造りの建物がそびえ、石畳の道が縦横に走り、
無数の魔族が活気よく行き交っていた。
丘の上には荘厳な城。
その背後には広大な田園が波のように広がっている。
「すごいね、アレン!
こんなに大きな街があったなんて!」
ミラの声は弾んでいる。
未知の世界に胸を躍らせているのだ。
「……これがメルジーヌの治める国、メルジニアか」
思わず漏れた俺の声は、どこか震えていた。
怖さだけじゃない。わずかに武者震いも混じっていた。
「なんだか、ちょっとワクワクしてくるよね!」
ワクワク……?
こちらは死地に突入する覚悟なんだけど。
このポジティブさは、さすがはミラだ。
「私、魔族の女王になっちゃったわけだし……
市場の視察とか言って、街を散策してみようかしら」
いやいや、それはさすがに能天気すぎると思うけど。
むしろ魔族の女王を引退する作戦なんですが。
「街に出たら『お美しい女王さま、ステキ!』って大歓迎されるかも!」
あの、妄想もほどほどに。
そんな軽いノリで伝説の女王を迎える街がありますか?
「それでね、隅っこの方でモジモジしてる子供がいたら、『ありがとう。見に来てくれたのね』ってナデナデしてあげるの」
……この人、危険です。妄想癖が。
「ちょっと! アレン、なんで黙ってるの!」
「……へい、ちょっと考え事を」
「もう!」
ミラのいつもの調子に、俺の肩の力も自然と抜けていく。
お気楽すぎる面はあるけど、俺だって悲観的になりすぎていたのかもしれない。
なにせミラは今、最強の魔族の女王だ。
俺はその相棒であり、女王を倒した男。
乗り越えられない壁なんて、きっとない……はずだ。
「師匠、ごめんなさい。
俺も師匠を見習って、これからはのーてん……いや、ポジティブ思考で行きます!」
「え? なに急に?」
「いえ、頑張りましょう! メルジーヌさま」
そう言って俺は、魔王城への突入に向けて気を引き締めなおしたのだった。




