□ 2-2 ミラの能力(2)
その後、俺たちはミラの新しい身体――メルジーヌ仕様の能力をひとつずつ確かめていった。
何ができて、何ができないのか。
試行錯誤しながらまとめた結果がこれだ。
・メルジーヌが使っていた魔術のうち、ミラが知識を持っているもの、またはメルジーヌの記憶から引き出せるものは使用可能。
――飛翔術は典型例。
ただ、魔力量はミラ本来の総量に縛られるため、メルジーヌのような超大技は不可能。
・ミラが元々使えていた魔術でも、メルジーヌが扱えなかった属性は引き継げない。
――聖魔術が該当。
ただし“聖なる祈り”はミラの魂の資質によるため健在。
・筋力はメルジーヌ級だが、ミラには剣術も体術も経験ゼロ。
――つまり、近接戦闘で無双はできず、今のミラはメルジーヌほどの戦闘力はないということだ。
・ミラ自身の記憶は、基本的に残存。ただし細部は怪しい部分もある。
・メルジーヌの記憶は、特に最近のものほど読み出しやすい。
判明した内容には、
- メルジーヌは魔王城に住んでいる
- その城壁内の国は“メルジニア”で、彼女が建国した
- 生贄の生命力で寿命を延ばし、女王として君臨
- 最近はわりと暇していた
……などがあった。
(ん? メルジーヌは殺戮狂というわけでもなかったのか……?)
寿命を延ばしてメルジニアを統治してきたわけで。
魔族からしたら、真っ当な統治者だったのもしれない……
◇◇◇
一通りの確認を終えた頃、ミラがふいに真剣な表情で俺を見つめてきた。
「アレン、これからのことだけど……」
「な、なに?」
急に改まった調子に、俺は背筋を伸ばす。
「メルジーヌのお城に行こうと思うの」
「……は?」
魔族白——魔族の巣窟だ。
そんな場所に、わざわざ乗り込むなんて……
ミラは俺の困惑を見て、軽く息を吐いた。
「驚かせたよね。でも、このまま森から出たら……無事に済むとは思えないの」
「あっ……」
確かにそうだ。
女王が失踪して、部下たちが黙っているわけがない。
生贄だった俺たちが姿を消したとなれば、魔族の捜索隊が送り込まれる可能性だってある。
それに、もし魔族が聖王国へ押し寄せれば――不可侵協定は破綻し、人魔戦争が再燃してしまうかもしれない。
「私はメルジーヌの身体を手に入れた代わりに、彼女の『立場』まで背負うことになったのよ」
「……ミラ、ごめん。そこまで考えが回らなかった」
俺はただ、ミラが生き返ったことに浮かれていた。
ミラの覚悟に比べれば、自分の軽率さが恥ずかしくなる。
「いいのよ。でもね、魔族たちにまず“無事な姿”を見せておかないと、後が本当に大変になる。
それができるのは、私の中身がミラだってまだ知られていない――今だけだと思うの」
ミラの言葉は理にかなっていた。
たしかに、バレた瞬間に俺たちは魔族全体を敵に回すことになる。
「……アレンは、“愛人”として付いてきてもらうから」
「……はい?」
唐突に飛び出したその言葉に、俺の頭の中は疑問符でいっぱいになる。
「その方が自然でしょ?」
ミラはさらりと言うが、俺は思わず固まる。
確かに、生贄だった俺をメルジーヌが連れ歩くなら、捕虜か下僕か……あるいは愛人が最もらしい。
実際、メルジーヌは俺を愛人にするつもりだった。
(ああ、そうか……!)
なんという先読み。
深慮遠謀とはこのことだ。
さすがは俺の師匠だ。
「師匠!
俺を愛人にと言ったのは、そういう深慮遠謀の策だったんですね!
感服しました!!」
「えっ……あ、ああ……そ、そうなのよ、おほほほほ……
サキュバスの連れ合いなら、愛人に決まってるでしょ? うん」
ミラはなぜか俺から目を逸らしながら、ぎこちなく笑う。
「……へい」
どうやら深慮遠謀の策などではなかったようだ。
ともあれ、魔王城へ向かうのは避けられない。
逃げれば追われる未来しかない。
ミラだって、俺が魂を移したせいでこんな境遇に巻き込まれたのだ。
「ミラ、絶対に無事に帰ろう。俺も全力で支えるから!」
強く言うと、ミラは柔らかく微笑んでくれた。
「ええ、頑張ろうね、アレン!」
そう言うと、ミラは俺の手をぎゅっと握ってきた。
その瞬間、俺の胸がドキっと高鳴る。
今のミラは、前の年老いた姿とは全く違う。
その微笑みはまるで―――天使のようだ。
(……か、可愛い……)
もともとミラは優しい笑顔の人だが、今はもう別格だ。
天使のような美貌で微笑まれ、名前を呼ばれ、手まで握られたら――
意識するなという方が無理な話だ。
見た目が変わるだけで、こうも変わるのか……
地味で小柄なお婆ちゃんが、美人の頼れるお姉さんに変わってしまった。
しかも、明るくポジティブで、茶目っ気のあるところは変わらない。
俺は、ミラの顔を改めて見直す。
(……天使か!?)
その瞬間、ミラと目が合う。
ミラはまた、優しい笑みを返してくれた。
その笑顔が眩しすぎて、俺は思わず顔をそむけた。
……この美貌、恐ろしすぎる。
「アレン? どうしたの?」
「いや……その。悩殺されてしまうので」
「え?」
「あっ……いや、その……綺麗だなって……」
自分でも何を言ってるのか分からなくなる。
ミラは一瞬目を丸くして――そして、優しく微笑んだ。
「……あら……ありがとう。
そんな風に言ってもらえるなんて、初めてね。
とっても嬉しいわ」
次の瞬間
「ぎゅーしてあげる!」
「わ、ちょっ――」
ミラが勢いよく抱きついてきた。
白い腕が俺の身体に巻き付き、柔らかな身体が密着する。
眼前にはサキュバスの艶やかな白い首筋、鎖骨、そして控えめとは言い難い胸の谷間―――
それになぜか甘い匂いが漂ってきて、俺の理性を刺激する。
(……こ、これは……本当にヤバい)
意識しないようにしても、全身から熱が込み上げてくる。
俺の胸元に押し付けられる、圧倒的なボリュームのある二つの膨らみ。
この破壊力がまたすごい―――
俺は必死に冷静さを保とうとするが、もう限界が近い。
このままでは、俺の理性が限界突破してしまう。
というか、すでに俺の利かん棒、もうヤバい。
ムクムクしてきちゃた……




