■第2章 魔王城 □ 2-1 ミラの能力(1)
俺とミラは、狂気の魔女メルジーヌとの闘いで死の淵に追い詰められた。
だが、奇跡的に勝利し――そしてミラはメルジーヌの身体で蘇生した。
……上々の結果と言えるが……ミラの様子がどうもおかしい。
「ねえ、ミラ……ちょっと言動がメルジーヌっぽい気がするんだけど」
「あ、ごめんね。アレン。
少しだけメルジーヌの記憶が入り込んでるみたい。
でも、うっすらとした記憶だし、私はちゃんとミラだから、心配しないでね?」
ミラは軽く笑って見せたが、俺の不安は消えない。
“うっすら”と言われても、さっき俺を愛人呼ばわりしてたし、妙に小悪魔っぽい雰囲気もある。
サキュバスの身体の影響が出ているのか……?
ふと、ミラの元の身体が目に入った。
ここに置いていくのは、さすがに忍びない。
「……ミラ、元の身体はどうする?」
「そうねえ。長年使ってきた身体だけど……ここで火葬にしちゃおうかな」
「そうか。ここでちゃんと見送ってあげるのがいいか」
「ええ、任せて」
ミラはそういって手をかざす。
炎が立ち上がり、業火がミラの遺体を包み込んでいく。
ミラはしばらく無言で燃え上がる炎を見つめていた。
自分の身体が消えていくのを、どんな気持ちで見ているのだろう。
これで、本当に以前のミラとはお別れだ。
「大丈夫?」
「ええ、アレン。ありがとう。もう未練はないわよ。
だって、こんなにナイスバデ……若返ったわけだし……ね、アレン?」
そう言って、ミラがそっと寄り添ってくる。
あの、何が、『ね、アレン』なんですか。
ナイスバディとか言ってるし。
「ちょ、ちょっと距離! 近いから!」
慌てて離れると、ミラが不満げに唇を尖らせる。
「えーっ、どうして逃げるのよ!」
だけど、今までの身体と、妙齢のダイナマイトボディじゃ……いろいろと違いすぎるのだ。
危険を感じた俺は、無理やり話題を変えることにした。
「そ、それよりミラ!
ミラって本物の聖女様だったんだよね?
メルジーヌも言ってたけど」
メルジーヌはミラのことを『聖女』だと断定していた。
そのことをミラはどう思っているのか、俺もずっと気になっていたのだ。
「もう、急にどうしたのよ……
でも確かに『生まれながらの聖女』とか言ってたわね。
私が聖女、なんて大げさだと思ったけど」
「でも、ミラが聖女だっていうの、俺もなんだかしっくり来たんだけど。
ミラの治癒って、聖王国の聖女様よりすごかったんでしょ?」
「まあ……そうね。治癒の力は自信あったわ。
でも、メルジーヌに言われても……ねえ。
私は貴族の令嬢じゃなかったし、聖女様になる資格はないのよ。
そう考えると何の意味もないわね」
ミラはそう言いながらも、まんざらでもなさそうだ。
敵であるメルジーヌの言葉とはいえ『聖女』だと認められたことで、ようやく誰かに評価された、そんな思いがあるのかもしれない。
「でも……その力、今の身体でも残ってるのかな?」
ふと俺は気になったのだ。
俺がミラをサキュバスにしてしまったせいで、聖魔術を失わせた――なんてことになっていたら、申し訳なさすぎる。
「え?」
ミラは少し驚いた様子で、自分の手を見つめた。
「言われてみれば……どうなんだろ?」
ミラはそう言うと、手をかざして何度か力を込めたり、念を集中させたりし始めた。
すると、メルジーヌが自分で掻きむしった顔の傷が、いつの間にか完全に消えていた。
「……治ってる?」
「うん、どうやら使えるものと、使えないものがあるみたい。
治癒、解毒、浄化は大丈夫みたいね。
でも攻撃系の聖魔術は無理ね」
「よかった……」
その言葉に、俺も正直ほっとした。
少なくとも治癒ができれば、最悪の事態は避けられるだろう。
「だから安心していいわよ、アレン。
アレンが怪我しても、これからもちゃんと治してあげるから!」
ミラがにこっと拳を握る。
メルジーヌの身体になっても、ミラらしい優しさは変わらない。
「でも、なんで攻撃系だけ使えないんだろ?」
「この身体だと、聖なる“魔力の発現”自体ができないのよ。
だから聖属性攻撃は無理ね。
でも治癒は、身体の治る力を“引き出す”ための聖なる祈りだから、魔族の身体でも問題ないみたい」
「なるほど……」
彼女は今も、人を救う力を持っている。
別の身体になっても、ミラはミラだ。
ふとミラの背後を見ると、あるはずのものがなかった。
「そういえば……ミラ、背中の翼なくなってない?」
「え? 翼?」
ミラは自分の背中を触りながら、首を傾げた。
「ああ、そういえばないわね。
あれは飛翔術で作った“魔術の翼”なの。
ほら――」
ミラが軽く手を払うと、漆黒の翼がふわりと背中に形を成した。
布を透過して自然に外側へ伸びていく。
「おお……! ほんとだ! これで空飛べるんだ……」
「便利でしょ? メルジーヌの身体って」
ミラはちょっと得意気に言う。
こんなにも自由に翼を操れるなんて、ちょっと羨ましい。
ミラの身体、本当に最強すぎるんじゃないだろうか。
ついでに俺は、もう一つ気になっていたことを聞いてみる。
「えっと、その顔の模様……何?
悪魔っぽくて、ちょっと怖いんだけど」
「ああ、これ?
『魅惑の文様』っていう古い魅了魔術よ。
弱い効果だけど、毎日顔を合わせてると少しずつ魅了されるの」
「そ、そんな危ない魔術を……!」
俺が慌てると、ミラは吹き出した。
「大丈夫大丈夫。今はいらないから消すわね」
ミラが指先で頬をなぞると、文様はすっと消え、透き通る白い肌が現れた。
魔族らしさが薄れたせいか――逆に、顔立ちがとんでもなく際立って見える。
……なんだこれ。文様があったときよりドキッとするんだけど。




