□ 1-14 最期の聖魔術
俺は仰向けのまま、かすむ視界でミラを見つめた。
ミラも涙を浮かべ、こちらを見返してくる。
「……アレン、ごめんね……」
かすれた声が胸を刺す。
まるで最期の別れを告げられたようで、息が詰まった。
「ミラ……俺こそ、ごめん」
震える声で返す。
ミラは何も悪くない。悪いのは、俺の生まれだ。
でも――もしこれが本当に最後なら。
「……俺、ほんとに……ミラの子でよかった。
いつも愛してくれて……俺、ミラと一緒で……幸せだったよ。
……ありがとう」
嗚咽が混じる。
言いたいことは山ほどあるのに、うまく言葉が出てこない。
――あの日のことが浮かぶ。
孤児院に来たミラが、虚弱体質で寝込んでいた俺を見つけた瞬間の表情。
涙を滲ませながら治癒魔術をかけ続けて、抱きしめてくれた。
あの時、初めて知った人のぬくもり。
ミラはずっと、愛情を注いでくれた。
暖かい日々。笑い合う時間。魔術を教わった時間。
全部――宝物だった。
「私こそ……アレンと一緒で幸せだったわ。
アレンと過ごした毎日……本当に楽しかった。
ありがとう。そして……ごめんね。
アレンには、これからもっともっと、輝かしい未来が……あったはずなのに」
ミラも涙を零す。
思い出が次々と押し寄せる。
振り返れば、俺の人生は最高だった。
ミラがいたからだ。
メルジーヌはそんな俺たちを眺め、満足げに口角を上げた。
「さあ、お別れは済んだかしら?
ふふっ……慈愛の聖女が、最愛の坊やを救えない気分……どんなものかしら?」
心臓が冷たくなる。
絶望が押し寄せ、息が詰まる。
「さあ、ここからは『絶望』の時間ですわ」
ゆっくりと俺に近づき――剣が左足に突き立てられた。
「……ッ!」
焼け付くような痛みが走る。
血があふれ、視界が揺れた。
「アレン!」
ミラの叫びが耳を裂く。
涙を流し、必死にメルジーヌを睨む。
「どうか……アレンの代わりに私を……!
私ならいくら傷つけても構いません!」
震えながらも、必死に絞り出されたその声。
ミラの覚悟が伝わってきて、胸が締め付けられる。
だが――メルジーヌは満足そうに目を細める。
「おほほほほほ……もちろんですわ。
でも……物事には順序というものがありますでしょう?
どちらを先に痛めつければ、絶望が深まるか……考えるまでもないでしょう?
うふふふふ……ほほほほほほほ」
無邪気な笑いが背筋を撫でる。
この女には、俺たちの叫びも、願いも、何ひとつ届かない。
俺たちはただの玩具なのだ。
ミラは憎しみを宿した目で睨み返す――いつもの優しい瞳ではない。
けれど次の瞬間、ふっと表情が変わった。
俺の方を見て、微笑む。
――いつものミラの笑顔だ。
こんな状況なのに、不思議と温かくなる。
「ふん、つまらないですわね」
メルジーヌが鼻を鳴らし、剣を構え直した。
「さあ、次はどこを刺してあげようかしら?」
心臓が凍り付く。
――このままでは、本当に終わってしまう。
だが、その瞬間。
ミラの身体が突然、まばゆい光に包まれた。
<自 爆 代 償!>
「……何っ!?」
聖なる輝きがミラの全身からあふれ出し、空へと昇るように揺らめく。
それは輝きを増して巨大化し、メルジーヌへと襲い掛かる。
メルジーヌは反射的に剣を振り抜いた。
剣が光に触れた瞬間、
甲高い金属音が響き渡り、爆ぜるように光が四方八方へと炸裂する。
――ゴォォォォン!!!
爆風が大地を揺るがし、俺の身体は弾き飛ばされた。
「ミラーーっ!」
白い光の中、声が裏返るほど叫んだ。
心臓が張り裂けそうなほど、焦りと不安が押し寄せる。
ミラは無事なのか?
やがて、光がゆっくりと薄れ始め、視界が戻ってくる。
そこに立っていたのは――
ミラの身体に剣を突き立てたまま、仁王立ちするメルジーヌだった。
「……くだらないことをしましたわね」
乱暴に剣を引き抜き、冷たく言い放つ。
「あなた、自爆魔術を使ったわね」
息が止まった。
自爆魔術……?
まさかミラが――自分の命を賭けて?
「せっかくの極上の魂でしたのに、生命力を無駄にしてくれましたわね」
メルジーヌは心底腹立たしそうに吐き捨てる。
「……ミ、ミラは……どうなったんだ」
俺は身を乗り出してミラの様子を見る。
ミラは眼を閉じて横たわっており、その頬には一筋の涙。
そして、腹部からは止めどなく血が溢れ出している。
「死ぬのは時間の問題ですわ。
もう生気が失われつつあるもの」
世界が崩れるようだった。
「……ミラ……」
声にならない声が漏れる。
ミラはもう――
「最後の最後にやってくれましたわね。
こんなにあっさり死なれたら、大損ですわ」
メルジーヌの冷笑が胸をえぐる。
俺の脳裏に、ミラの笑顔が浮かぶ。
俺を守るために……
なのに俺は、何も……できなかった。
無力だ。
あまりにも無力だ。
「しょうがないですわ。
坊やの魂だけでも頂きましょうか」
肩をすくめ、ゆっくりと俺へ向き直る。
俺を見下しながら、平然と笑みを浮かべている。
この女には、人の生き死になど、何の感傷も与えないのだ。
ちくしょう―――この悪魔め。
今度は俺の番か……
それならば。
ミラが命を懸けて守ろうとしたこの命を、みすみす絶望に染めてなるものか。
俺はミラの子だ。
せめて最後は―――誇り高く死んでやる。
さもなければ、あの世でミラに合わせる顔がない。
俺は涙をこらえながらメルジーヌを睨みつける。
そして、震える声を振り絞った。
「……は、早く殺せっ……ッ……」
泣き声になる。それでも、これが俺の精一杯だ。
「……あら、坊や。反抗的ね。
聖女があんな風になっても頑張るの?」
「く、グゾゥ……殺せって……言ってんだよ……!」
メルジーヌは余裕の笑みを崩さず、俺を見下ろす。
怒りが震えになり、拳が震えた。
悔しくて、情けなくて、それでも――睨み続けた。




