□ 1-13 サキュバスとの戦い(2)
「うふふふ……さすがは聖女、なかなかやりますわね」
メルジーヌは愉悦に満ちた笑みで、ゆっくりとこちらを見下ろした。
「動きを止められて、聖なる炎まで浴びせられるなんて。
ふふっ、結構な魔力を持っていかれましたわ」
信じられない……メルジーヌは無傷だ。
凍り付いたはずの翼は美しく広がり、聖なる炎の痕跡すら見当たらない。
(う、嘘だろ……)
ミラの切り札すら、全く通用しないなんて。
「これで勝負あり、ですわね。
久しぶりにいい運動になりましたわ。
……さあ、ここからが本当のお楽みの時間ですわ」
剣の切っ先がミラへと向けられる。
ミラは唇を嚙み、悔しさと恐怖を押し殺すように睨み返した。
「ふふっ、いい顔をしてるわ」
メルジーヌは指先で唇をなぞりながら、甘く囁く。
「もっと……苦しむ顔が見たいわねえ。
慈悲深い聖女は、可愛い坊やが苦しむ姿に、どこまで耐えられるのかしら?」
恍惚とした笑み。狂気そのものだ。
このままでは殺される。戦えず、逃げられず、弄ばれて――終わる。
(いや、まだだ……!)
俺には『幻術』がある。
今はただ、時間を稼ぐのだ。
とにかく喋って意識を引きつけるしかない。
痺れた身体を無理やり起こし、絞るように声を出す。
「……な、なんで……俺たちを殺すんだ?
理由なんて……ないだろ……?」
「あら、坊や?」
メルジーヌの視線がこちらへ移る。興味深そうに目元が吊り上がった。
「そうねぇ……教えてあげてもいいわ。
その方が、もっと楽しめそうですもの、ねえ?」
肩を軽くすくめ、まるで世間話をするような調子で語り出す。
「わたくしはね、何百年もこの若さと美貌を保ってきたのよ。
うふふふふ……どうかしら?
この顔、この身体――美しいでしょう?」
メルジーヌはくすくすと笑いながら、くびれた腰に両手をあて、豊満な胸を突き出すように誇示する。
まるで自分こそが最高の芸術品であると信じて疑わないかのように。
五百年も生きているはずなのに、その姿はどう見ても20代。
いや、それ以上に妖艶で、常識を逸した“魔性”の美だ。
(……化け物め)
歯を食いしばると、メルジーヌが面白そうに目を細める。
「どうしてわたくしが歳を取らないのかって?」
銀髪を指で弄び、俺の目をじっと覗き込む。
「わたくし、人の魂を糧にしておりますの。
生贄さえあれば、永遠の美を享受できるのですわ」
そして――
「とくに“恐怖と絶望に染まり切った魂”は最高のご馳走。
坊やたちは……惨たらしく、絶望に打ちひしがれて死んでもらわないと。困るの。
うふふふ……お分かりかしら?」
メルジーヌの舌が、艶やかに唇を舐める。
陶然とした表情で、自らの頬に指を這わせる。
紅い瞳が、恍惚と輝いた。
――狂ってる。
その視線がミラへと移る。
「とくにあなた、聖女の。……すばらしい生命力。極上の魂だわ」
ミラの頬にそっと触れ、顎を掴み、無理やり顔を上げさせる。
「どんな味かしら……想像するだけで、ゾクゾクしてしまうわ」
ぞくりと震え、笑うメルジーヌ。
ミラは苦しげに息を漏らす。俺は――まだ動けない。
メルジーヌが再び俺を見る。
「これまで、わたくしを打ち負かした人族は一人もおりませんの。
どう? 絶望できまして?」
ぞわり、と肌が泡立つ。
次の瞬間――
「おほほほほほほ……! ああ、愉快だわ!」
メルジーヌは狂ったように笑い声を上げた。
背中を冷たい汗がつっと流れる。
――この女は、美貌のためだけに人を殺し、生贄を食いつぶしてきた。
絶望して死にゆく者の魂を、何よりの糧として。
この女の前では、希望ですら無意味なのか――




