胸の奥のざわめき
病室のカーテン越しに、やわらかな朝の光が差し込んでいた。
入院といっても一晩だけ。医師は「奇跡的な軽傷です」と言い、午前中には退院の許可が出た。
――奇跡、か。
思わず、自分の手を見つめてしまう。
昨日、確かに――あの夜、金色の光に包まれた感覚は、夢でも錯覚でもなかった。
痛みがすうっと消えていったときのあの感触は、いまだに腕の奥に残っているような気がした。
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会社への連絡も済ませ、手続きを終えた頃。
病室のドアがノックされ、静かに開いた。
「……佐伯さん」
そこに立っていたのは、セリさんだった。
昨日と同じような笑顔――だけど、どこかぎこちなさが混じっていた。
「来てくれたんですか」
「……はい。心配で。怪我が軽くて、本当によかったです」
そう言って彼女は、ベッドのそばに立ち、少しだけ視線を落とす。
昨日のことを、お互い――はっきりとは口にしなかった。
「あの……セリさん、昨日……」
「……なにか、変なことでも?」
彼女の声が一瞬、かすかに震えた。
俺は息をのむ。
――やっぱり、彼女は何か知っている。
でも、追及する言葉が喉に詰まった。
問いただしたら、きっと今までみたいな関係じゃいられなくなる気がしたから。
「いや……なんでもないです。心配かけてすみません」
「……よかった。そう言ってくれると、少し安心します」
セリさんの笑顔は、ほんの少し、安堵と――影を含んでいた。
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退院して外に出ると、午後の日差しが目にまぶしかった。
普通なら“事故に遭った次の日”なんて、気持ちが沈んでもおかしくないのに――
俺の心は、妙にざわついていた。
(あの光……あれは、なんだったんだ)
頭の奥で、何度も同じ場面が再生される。
金色の光、セリさんの震える声、あのとき確かに聞こえた祈るような言葉。
思い出すたびに胸の奥がざわめき、鼓動が早くなる。
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その夜、自室のベッドに横たわっても眠れなかった。
スマホの画面には、セリさんから届いた短いメッセージが光っている。
「本当に、無事でよかったです」
――それだけの、優しい言葉。
でも、あの夜を境に、彼女の笑顔の裏に“何か”があることを、俺は知ってしまった。
(セリさん……あなたは、いったい……)
天井を見つめながら、心の奥で小さくつぶやく。
そして、その“答え”を、もう見過ごすことはできないと感じていた。