光の夜
夜の街は、昼間のにぎわいが嘘のように静まり返っていた。
昼のランチからの帰り道、俺とセリさんは駅から少し離れた住宅街の道を並んで歩いていた。
薄暗い通り。等間隔に並ぶ街灯が、ぽつり、ぽつりと夜を照らしている。
セリさんの横顔をちらりと見るたび、胸が少し高鳴った。
……名残惜しい。こんな時間が、ずっと続けばいいのに――
そんなことを考えていた、その時だった。
――ブォンッ。
低いエンジン音が背後から近づいてきたかと思うと、急なタイヤの悲鳴が夜の静寂を切り裂いた。
反射的に振り返った瞬間、ヘッドライトのまぶしい光が目に刺さる。
視界の端で、小さな子どもが車道に飛び出しているのが見えた。
「危ないっ!」
考えるより先に体が動いていた。
俺は子どもを突き飛ばすように抱え、道の端へ。――その直後、
鈍い衝撃が背中を叩きつけ、視界が白くはじけた。
世界がぐにゃりと歪む。地面に叩きつけられた痛みで息が詰まった。
血の気が引いていくのが分かる。
「佐伯さんっ!!」
セリさんの叫びが、夜の空気を震わせた。
その声を聞いた瞬間、少し安心してしまった自分がいた。
⸻
視界がぼやけていく中、俺は信じられないものを見た。
セリさんが俺のそばに膝をつき、両手を俺の体の上にそっとかざした。
次の瞬間、柔らかな金色の光が彼女の掌から溢れ出した。
光は俺の体を包み込み、痛みが――溶けるように消えていく。
まるで、夜の冷たい空気の中に、春の陽射しが差し込んだみたいだった。
「お願い……消えないで……」
震える声。
彼女の瞳が一瞬、淡い金色に輝いたように見えた。
まぶしさと、心地よさと、理解できない現実。
すべてが混ざり合い、俺の意識はそこでぷつりと途切れた。
⸻
目を覚ますと、見慣れない天井があった。
どうやら病院のベッドの上らしい。点滴の針が腕に刺さり、外の光はすでに朝になっている。
駆けつけた医師が言ったのは、信じられない言葉だった。
「打撲と擦り傷だけです。奇跡的ですよ。あの状況なら、骨折しててもおかしくなかったのに」
奇跡――か。
俺にはあの夜、奇跡なんかじゃない“何か”が見えていた。
⸻
病室のドアが静かに開いた。
セリさんが、少しぎこちない笑顔を浮かべて立っていた。
「……よかった。本当に、無事で」
「セリさん……」
俺はあの光景を思い出す。
夜の道、金色の光、彼女の震える声。
「あのとき……セリさん、何を……」
「……っ!」
一瞬、彼女の肩がぴくりと震えた。
でもすぐに、いつもの柔らかな笑みを取り戻す。
「きっと、運がよかったんですよ。……本当に、よかった」
そう言う声は少しだけ、かすかに震えていた。
俺は、それ以上何も言えなかった。
⸻
――あの夜、確かに見た。
あれは……“普通の人間”のものじゃなかった。
胸の奥に、小さな違和感と確信が静かに根を下ろしていた。