夜の街に灯る
ランチを終え、駅までの帰り道。
ビルの間から夕日が差し込み、街のネオンが少しずつ灯り始めていた。
まだ夜というには早いけど、昼の喧騒が落ち着き、少しだけロマンチックな空気が流れている。
「……こうして歩くの、なんだかいいですね」
セリさんが小さく笑いながら言った。
街灯の光が彼女の髪を柔らかく照らして、いつもより少し近くに感じる。
「そう……ですか?」
「はい。なんていうか、こう……“休日”って感じがします」
ふわりと揺れるスカートの裾。
昼間のカフェとは違う、夜の街に溶け込むような彼女の姿に、俺の心拍数はまた上がっていった。
「佐伯さんって、こういうとき、緊張します?」
「え? い、いや……べ、別に!」
思わず声が裏返り、セリさんが小さく吹き出す。
「ふふっ、分かりやすいですよ」
「うっ……」
否定もできずに俯いた俺の隣で、セリさんは少し楽しそうに歩いている。
……けれど、その横顔にふと影が差したような気がした。
街灯の光が揺れるたび、彼女の表情もほんの一瞬、遠い何かを見ているように沈む。
⸻
駅前の広場に戻ると、空はすっかりオレンジから藍色へと変わっていた。
歩道のイルミネーションが足元をやさしく照らしている。
「今日はありがとうございました。すごく楽しかったです」
「いえ、俺の方こそ……」
ふたりの距離が、ほんの少し近づく。
さっきまでよりも、ずっと静かで、ずっと心臓の音がうるさい。
「……あの」
セリさんが、少しだけ視線を落として言った。
「よかったら……また一緒に、どこか行きませんか?」
一瞬、言葉が出なかった。
彼女の頬はほんのり赤く、夜風が髪を揺らしていた。
「もちろん。ぜひ」
それしか言えなかったけど、きっと今の俺の顔は真っ赤だと思う。
「ふふっ、楽しみにしてますね」
笑顔。
でも、その笑顔の奥に、ほんの一瞬だけ――小さな影がよぎった気がした。
まるで“心のどこかに戻る場所がある”ような、そんな表情。
夜風が頬を撫でる。けれど、それ以上に胸の内が熱かった。
⸻
帰りの電車の窓に映る自分の顔は、思った以上に緩んでいて、
「やばいな……俺、本格的に惚れてる」と、心の中で小さく呟いた。
そして知らない――
あの一瞬の影が、セリさんの“もうひとつの世界”に繋がっていることを。