次の約束
月曜の朝。
オフィスのざわめきの中、俺――佐伯悠真は、デスクの前でぼーっと天井を見つめていた。
パソコンの画面はつけっぱなし、資料もまったく頭に入ってこない。
頭の中に浮かぶのは、週末に訪れた太宰府の風景と――その隣で笑っていた、橘さんの姿。
「おい佐伯、何ぼーっとしてんだよ」
背後から肩を叩かれて、はっと我に返る。
振り向くと、ニヤニヤした山本が立っていた。俺の同期で、余計なことをよく突いてくるやつだ。
「……いや、ちょっと考え事してて」
「考え事? おまえが? 珍しいな」
「なんかいいことでもあったのか?」
その顔があまりにもにやけていたので、ちょっとムカつく。
だが、隠してもバレそうな勢いなので、俺は観念して話した。
「……この前の休みの日にさ。橘さんと太宰府行ってきたんだ」
「……は?」
一瞬、山本の時間が止まった。
そのあと――
「さ、さ、佐伯が橘さんと!?!?!?」
でかい声出すなって!
周囲の数人がこっちを見てるんですけど!
「ちょ、お前声でかい!」
「なっ、なんで佐伯が……あの橘さんと……」
山本は信じられないといった顔で俺を見つめる。
「いや、俺も不思議なんだよなー……」
自分でも、まさかセリさんと一緒に神社巡りすることになるなんて思ってなかった。
これは夢じゃないよな?とまだ半信半疑だったりする。
「で、で……で、で!!」
「次は……なんか、約束してるのか!?」
「それが……」
⸻
――帰り道の記憶が蘇る。
「今日は本当にありがとうございました」
駅のホームで、セリさんは柔らかな笑顔を浮かべた。
「こちらこそ、楽しかったです」
「お礼と言ったらなんですが……また今度の休日、ランチでもご馳走させてください」
「え、別にお礼なんて大丈夫ですよ」
「ダメです。私の気が収まらないので。それに……あのあたりのことも、まだまだ聞きたいですし」
「分かりました。いきましょう」
そのときの笑顔が――どうしようもなく眩しかった。
⸻
「……ってわけで、ランチ、行くことになった」
「…………」
山本は沈黙した。
そのあと、肩をがっくりと落として、ゆっくり後ろに下がっていく。
「つっ、次の約束までしてるのかよ……俺なんて……俺なんて……」
後ろ姿が、やけに悲しそうだった。
「……山本、どうしたんですか?」
別の同僚がひょいと顔を出す。
「あー、あいつさ……橘さんに何回か誘って全部玉砕してるからなー」
「……なるほど」
俺は思わず苦笑いした。
まさか俺がその“高嶺の花”と次の約束をするなんて、いまだに実感が湧かない。
――でも、次の休みが待ち遠しい。
それだけは、はっきりしていた。