大画面前
土曜日の朝。
まだ少し冷たい風が吹く天神駅前に、俺は集合時間より十五分も早く着いていた。
決して気合を入れすぎたわけじゃない。たぶん、自然とそうなっただけだ。……たぶん。
ホームの柱に寄りかかり、何度目かの時計を見たときだった。
「佐伯さん?」
背後からかけられた声に、思わず肩がびくりと跳ねた。
振り返ると――そこに、セリがいた。
いつもの受付嬢の制服姿とはまったく違う。
淡いベージュのコートの春らしい服装。シンプルなのに、なぜか目を奪われる。
周囲の人混みの中でも、ひときわ鮮やかに見えた。
「……おはようございます」
緊張で、声が少し裏返った気がする。
「おはようございます。早いですね、佐伯さん」
「あ、いや……その、なんとなく」
「ふふっ、律儀ですね」
セリはほんの少し口元を緩めた。
ただそれだけの仕草に、胸がドキンと跳ねる。
なんで俺、こんなに挙動不審なんだ。
「じゃあ、行きましょうか。」
「はい!」
⸻
電車のシートに並んで座る。
車内はそこまで混んでおらず、窓からは朝の光が差し込んでいた。
普段、会社で会うときよりずっと近い距離にいることに、変に意識してしまう。
「佐伯さんって、この辺りの出身なんですよね?」
「はい、そうです。実家はもう少し南の方で……子どものころから太宰府はよく行ってました」
「へえ……いいですね。私はあんまり、そういうところに詳しくなくて」
「たしかに、神社の話、してましたもんね」
「うん。……実は、こうやって誰かと出かけるの、あんまりないんです」
セリは窓の外を見ながら、少しだけ声を落とした。
普段の穏やかな笑顔とは少し違う――素の横顔が見えた気がした。
「なんか、意外です。いつも受付で人気じゃないですか」
「そういうのと、仲良くなるのは……ちょっと違うというか」
ふっと笑いながら、セリは膝の上で手を重ねる。
その指先が少しだけ揺れていて――たぶん、少し緊張しているのは俺だけじゃない。
「佐伯さんは? ずっとこの辺で暮らしてたんですか?」
「ですね。高校もこっちで。特別なことはないですけど」
「でも、そういう“地元”があるのって、なんか羨ましいです」
「羨ましい……ですか?」
「うん。なんとなく、落ち着く場所があるっていいなって」
言葉にした瞬間、セリは小さく笑って、視線を逸らした。
その表情に、ほんの少しだけ影のようなものが差して見えた。
けれど、すぐにまた、いつもの穏やかな笑顔に戻る。
「変なこと言っちゃいましたね。ごめんなさい」
「いえ……変じゃないです。むしろ、ちょっと分かるかも」
「ふふ、よかった」
電車の揺れが、会話の間を心地よく繋いでくれる。
気づけば最初のぎこちなさは少しずつ溶けていて――
俺は、彼女と“普通に話している”自分に気づいた。