藤まつり
当日。
二人の希望で筑紫野に行くことになった。
二日市で藤まつりがあるからだ
俺と山本、橘さんと藤崎さんの4人で車に乗り込み、筑紫野市へ向かう。
山本は助手席で大はしゃぎ。
後部座席には橘さんとサナが座っていた。
「この辺り、自然がきれいですね」
「うん、ドライブ日和だね」
車内はほんのり明るい空気に包まれていた。
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天拝山登山。
緑が鮮やかに広がる中、ゆるやかな登山道が続いていく。
天拝山は標高約257m。菅原道真が左遷されたあと、無実を訴えるために登った山として知られている。
山道には道真公の歌碑が点々と並び、歴史と自然が溶け合った場所だった。
「こういう登山って新鮮です」
「私も久しぶりです」
橘さんと藤崎さんが並んで話しながら登っていく。
山本はテンションが高すぎて、すでに写真を撮りまくっていた。
「おーい! ここ、景色最高じゃん! 佐伯、撮るぞ!」
――そのとき。
ふと橘さんが、何かを感じ取ったように足を止めた。
視線の先には、山の中腹にある荒穂神社の鳥居。
「……ここ、ちょっと空気が違いますね」
橘さんが小さくつぶやく。
春の風が吹き抜け、鳥居の鈴がかすかに鳴った。
それはまるで、どこか“向こう側”から響いてくるような不思議な音だった。
「ん? どうした、橘さん」
「いえ……ちょっと、懐かしいような感じがして」
“懐かしい”という言葉に、俺は思わず彼女の横顔を見た。
異世界から来た彼女にとって――なにかが、共鳴したのかもしれない。
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山頂からの眺めは圧巻だった。
筑紫野の町並みが一望でき、遠くには博多湾も見える。
天拝山神社の鳥居の向こうに広がる空は青く、春の風が心地よく吹き抜けた。
(小学生以来だったが……こんなに綺麗な眺めだったんだな)
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その後は、近くで開催されていた藤まつりへ。
藤の花が頭上を覆い、甘い香りが漂う。
この祭りは天拝山の麓にある武蔵寺周辺で開かれ、春の風物詩として地元の人にも親しまれている。
「わあ……すごい」
橘さんが見上げた藤棚は、まるで紫のカーテンのようだった。
藤崎さんも嬉しそうにカメラを構える。
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「……あの、佐伯さん」
「ん?」
「……一緒に写真、撮りませんか?」
橘さんが恥ずかしそうに袖を引く。
その頬はうっすらと赤い。
俺は一瞬、言葉を失い――それから頷いた。
カメラのシャッター音が、藤の甘い香りに溶けた。
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帰りの車。
助手席の山本は、はしゃぎ疲れてぐっすり寝ている。
後ろでは、橘さんとサナが楽しそうに話していた。
「今日は本当に楽しかったです」
「うん、またみんなで行きたいね」
夜の高速を走りながら、俺はふと思う。
少しずつ――だけど確実に、何かが変わっていっている。
橘さんが感じた“なにか”と、この土地に残る道真公の伝承。
その二つが、ただの偶然とは思えなかった。