山本の恋
あれから数日後朝から山本のテンションが異常だった。
デスクに座るなり、ニヤニヤが止まらない。
「なあ佐伯、俺、運命的な出会いをした」
「……朝からどうしたんだよ」
「いや、これは本当に運命だったんだ!」
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山本は休日、本屋に立ち寄っていた。
趣味のオタク系コーナーで本を物色していたとき、最悪なタイミングで会社の部長の姿を見かけた。
「うわっ、マジか……!」
慌てて別の棚へ移動し、とりあえず近くにあった小説を手に取る。
まるで本を見ているふり――その瞬間。
「それ、面白いですよ」
柔らかい声に顔を上げると、そこにいたのは髪をポニーテールの女性。
サナ――後に知ることになるセリの友人だった。
その笑顔に、山本は一瞬で心を撃ち抜かれた。
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「……で、それがその“運命的な出会い”ってわけか」
「そうだ!あのとき俺は確信した。これが、恋だって!」
「いや早い」
「早くない!」
俺が呆れて肩をすくめると、山本はさらに身を乗り出した。
「それがな……この前、昼休みにコンビニに行ってるとき橘さんと一緒にカフェにいるところを見ちまったんだよ!」
「つまり、橘さんの友達ってことか」
「そう!だからだな、佐伯……ちょっと橘さんに、さりげなく誘ってくれないか?」
「……お前な」
「頼む!俺、あの人とちゃんと話してみたいんだ!」
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数日後。
俺は昼休みに橘さんへ話を切り出した。
少し驚いた顔をしたあと、彼女はくすっと笑った。
「ふふ、いいですよ。サナに聞いてみますね」
その夜、俺のスマホにメッセージが届く。
『サナ、いいって言ってました。楽しみにしてるみたいです』
「よっしゃああああ!!」
山本が帰り道でガッツポーズを決めた。
余程嬉しかったのだろう
なぜかラーメンをごちそうしてくれた。
テンションの高さが異常だ。
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当日、
2人の要望あって筑紫野に行くことに
俺と山本、橘さんと藤崎さんの4人で車に乗り込み、筑紫野市へ向かう。
山本は助手席で大はしゃぎ。
後部座席には橘さんとサナが座っていた。
「この辺り、自然がきれいですね」
「うん、ドライブ日和だね」
車内はほんのり明るい空気に包まれていた。
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天拝山登山。
緑が鮮やかに広がる中、ゆるやかな登山道が続いていく。
天拝山は標高約257m。菅原道真が左遷されたあと、無実を訴えるために登った山として知られている。
山道には道真公の歌碑が点々と並び、歴史と自然が溶け合った場所だった。
「こういう登山って新鮮です」
「私も久しぶりです」
橘さんと藤崎さんが並んで話しながら登っていく。
山本はテンションが高すぎて、すでに写真を撮りまくっていた。
「おーい! ここ、景色最高じゃん! 佐伯、撮るぞ!」
息が弾むけれど、不思議と心地いい空気だった。
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山頂からの眺めは圧巻だった。
筑紫野の町並みが一望でき、遠くには博多湾も見える。
天拝山神社の鳥居の向こうに広がる空は青く、春の風が心地よく吹き抜けた。
(小学生以来だったがこんなに綺麗な眺めだったんな。)
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その後は、近くで開催されていた藤まつりへ。
藤の花が頭上を覆い、甘い香りが漂う。
この祭りは天拝山の麓にある武蔵寺周辺で開かれ、春の風物詩として地元の人にも親しまれている。
「わあ……すごい」
橘さんが見上げた藤棚は、まるで紫のカーテンのようだった。
藤崎さんも嬉しそうにカメラを構える。
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「……あの、佐伯さん」
「ん?」
「……一緒に写真、撮りませんか?」
橘さんが恥ずかしそうに袖を引く。
その頬はうっすらと赤い。
俺は一瞬、言葉を失い――それから頷いた。
カメラのシャッター音が、祭りのざわめきに溶けた。
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帰りの車。
助手席の山本は、はしゃぎ疲れてぐっすり寝ている。
後ろでは、橘さんとサナが楽しそうに話していた。
「今日は本当に楽しかったです」
「うん、またみんなで行きたいね」
夜の高速を走りながら、俺はふと思う。
少しずつ――だけど確実に、何かが変わっていっているそんな気がした。