夜の告白
会社を出たあと、俺たちは夜の街を少し歩き、公園へとたどり着いた。
昼間は子どもたちでにぎわう場所も、今は街灯の下に静寂が落ちている。
風が吹くたび、木の葉がさらさらと揺れる音が耳に届いた。
「……ここなら、人もいませんね」
セリさんがそう言って、ベンチに腰を下ろした。
その声はいつもより少し硬い。俺もその隣に座り、夜空を見上げる。
「佐伯さん。……最近、私のこと、探ってましたよね?」
胸の奥がドクンと跳ねた。
言い逃れできない。あの視線も、気配も、彼女はとっくに気づいていたんだ。
「……ああ。正直に言うと、気になってました。あの夜、普通じゃないことが起きたから」
「やっぱり、見えてたんですね。あの“光”」
セリさんは小さく息を吐き、夜空を見上げる。
街灯に照らされた横顔は、どこか覚悟を決めたように見えた。
「やっぱり誤魔化し続けるのも……難しいですね。」
ゆっくりと、彼女は言葉を紡いだ。
「私は――この世界の人間じゃありません」
その一言で、夜の空気が変わった気がした。
頭ではうすうす感じていたこと。でも、本人の口から聞くと、現実がぐっと近づいてきた。
「異世界、って……いうことですよね?」
「はい。気がついたら、この世界にいたんです。理由も、方法も、全部わかりません」
セリさんの声は静かで、どこか遠くを見ているようだった。
そして、少しだけ苦笑を浮かべた。
「大げさな使命とか、選ばれた人間とか、そういうのは何もないんです。……ただ、気がついたら“ここ”にいた。ただの迷子みたいなものですよ」
「……迷子」
「ええ。だから、ずっと黙ってました。信じてもらえるわけないって思ってたから」
セリさんは、手首の叶糸に触れた。
細い糸が、月明かりに照らされてわずかに光る。
「あの夜、魔力を使えたのは……ほんの偶然です。いつもなら、もうとっくに尽きているはずなのに。あの瞬間だけ、ほんの少し力が戻ったんです。なぜかは、私にもわかりません」
そう言う彼女の表情には、自嘲と戸惑いが混ざっていた。
異世界の聖女――なんて言葉から想像する“特別”な強さとは、まるで違う。
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「こんな話……信じられませんよね?」
「……いや、信じるかどうかっていうより、信じるしかないんですよ。俺、あの光をこの目で見たんですから」
俺がそう言うと、セリさんは驚いたように目を丸くした。
そして、ふっと肩の力が抜けたように小さく笑った。
「……佐伯さんって、不思議な人ですね」
「よく言われます」
「ふふ……そうでしょうね」
夜風がふわりと吹き抜け、彼女の髪が揺れる。
その横顔を見て、俺はふと強く思った。
この人が――本当にこの世界に“迷い込んだ”のだとしたら。
「……橘さん」
「はい?」
「いつか……ちゃんと帰れるといいですね」
一瞬、彼女の瞳が揺れた。
けれど、すぐに小さく笑みを浮かべる。
「ありがとう。」
夜空を見上げながらつぶやく声は、どこか遠くて、少し寂しかった。