探り始めた視線
夜、デスクの上には開きっぱなしのノートパソコン。
でも画面の仕事用メールなんて、まったく頭に入ってこなかった。
何度も浮かんでは消えるのは、やっぱり――セリさんのあの“光”のことだった。
(俺……本気で、気になってるんだな)
事故のこと、治るはずのない痛みが消えたこと、そして――あのときの彼女の表情。
今まで受付でしか知らなかった「橘さん」とはまるで別人のようだった。
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「……調べるか」
小さくつぶやいて、ブラウザを開いた。
最初は“太宰府 転移 伝承”と打ち込んでみる。
すると、いくつかの伝承サイトや歴史記事が並んだ。
――“飛梅伝説”。
一夜にして京都から梅が飛んできた。
ただの昔話。でも今の俺には、まったく他人事に思えなかった。
「……転移、ね」
さらに調べを進めるうちに、古い記録に「神使」「聖女」という言葉がいくつか出てきた。
“神の加護を受けし者は、光とともに現れる”
“神力はこの世では薄れ、常の地では長く留まれぬ”
まるで、今のセリさんに――少しだけ重なるような言葉だった。
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翌日。
会社に着くと、いつもと同じ受付。
セリさんは穏やかな笑顔で来客を迎えていた。
だけど、俺の中の“視線”は昨日とは違っていた。
(この人はいったい、何者なんだ)
彼女の横顔を見るたび、胸の奥がざわつく。
同時に――知らず知らず、目が追いかけてしまう。
視線に気づいたのか、セリさんがふとこっちを見た。
一瞬、目が合った。
そして――彼女はわずかに眉をひそめた。まるで、何かを悟ったように。
「……佐伯さん」
昼休み、社内の廊下ですれ違ったとき、セリさんが静かに声をかけてきた。
その声音は、少しだけ――昨日までとは違っていた。
「最近……私のこと、よく見てますよね?」
「っ……」
図星だった。思わず言葉を失う。
けれど彼女は怒っているわけではなく、ただ、少しだけ困ったように微笑んだ。
「……ちょっと、話がしたいです。今日の夜、いいですか?」
その瞳は、逃げられないような強さと――どこか、覚悟のようなものを秘めていた。
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会社の明かりが落ちる頃。
俺とセリさんは、初めて“仕事の外”でも“太宰府”でもない場所で向かい合うことになる。
――ここから、もう後戻りはできない。