冷酷な檻から竜の腕へ〜虐げられた妻は前世の愛を思い出す。夫と家族からの過酷な生活に耐えて生贄として竜の元へ送られ愛しい伴侶と再会すると苦しめた者たちに報いを与えてくれた
「うっ、うっ、ぐす」
陰鬱な屋敷の片隅でキャミローズは絶望に身を震わせていた。こんなはずではとは、言えず。冷酷な夫とその家族からの虐待に耐える日々。
「最悪よ、最悪」
彼女の存在はそこにないかのようだった。キャミローズが夫の家に嫁いだその日から、彼女にとって地獄のような日々が始まる。己の両親はこの家の商売に目をつけて、代償に実の娘を売りつけるように嫁がせた。
「毎日毎日、否定されるなんて」
夫は外面こそ良いものの。家では横柄で気に入らないことがあるとすぐに物に当たり散らし、キャミローズに冷たい言葉を浴びせた。
「お前のような出来損ないがうちに来たのが間違いだった」
「何の取り柄もない、役立たず」
といった、侮蔑の言葉は日常茶飯事。数知れず。義父はキャミローズをまるで空気のように扱い、存在を無視。ため息を吐く。何か用事があっても直接話しかけることはなく、必ず夫を通して指示を出した。
「あれをやらせろ」
食事の席でもキャミローズの方を一度も見ようとせず、そこにいないかのように振る舞う。
「なんて卑しいのかしら」
最も陰湿だったのは義母。最低で。表面上は取り繕っていたが陰ではキャミローズを徹底的に見下し、意地悪を繰り返す。例えば。
「お前のような田舎娘がうちの息子の嫁とは片腹痛いわ」
「もっと家のために尽くしたらどうなの?まるで穀潰しね」
と、嫌味ったらしく囁く。嫌ならば話しかけなかったらいいのに。食事はいつも一番粗末なものしか与えられず。他の家族が豪華な料理に舌鼓を打つ中、キャミローズは冷めた残り物を一人寂しく口にする。
悔しくて惨めであった。我慢するしかない日々。最悪だ。家事においてもキャミローズには過酷な労働が課せられ。朝早くから夜遅くまで、掃除、洗濯、料理、庭の手入れなど。息も絶え絶え。
休む間もなく働き続け、どんなに頑張っても義母や義理家族から褒められることはない。毎日へろへろだ。少しでも手際が悪いと。
「本当にトロいんだから」
「こんなこともまともにできないの?」
容赦のない罵声が飛んでくる。おまけに夫の兄弟姉妹も両親に倣ってキャミローズを見下してきた。義理の兄は「おい、下女」と平気で呼びつけ。義理の妹はキャミローズの持ち物を勝手に使い、壊しても謝りもしない。
盗人とは彼らのことだろう。彼らにとってキャミローズは使用人以下の存在。奴隷の方がまだマシかもしれない。精神的な虐待も日常的に行われ。
些細なことで難癖をつけられ、大勢の前で恥をかかされることもあった。
「お前のせいで家の評判が落ちる」
「もっと賢かったら、うちの役に立つかもしれないのにね」
といった言葉でキャミローズの自尊心はズタズタに引き裂かれた。
彼女の意見など全く聞き入れられず、自分の意思を持たない人形のように扱われる。孤独はキャミローズを深く蝕み。夫は彼女の気持ちなど全く理解しようとせず。
義家族の言葉を鵜呑みにして、さらにキャミローズを責め立て。誰にも相談できず頼る人もいない。キャミローズは冷たい壁に囲まれた牢獄の中で、ただひたすら耐える日々を送っていた。
まともでなくなる。季節の変わり目には体調を崩すこともあったが、義家族は心配するどころか。
「仮病を使って怠けようとしている」
と決めつけ冷たい視線を送る。病床で一人、寂しさと心細さに耐えるキャミローズの目には何度も涙が溢れた。祭りの日など家族が集まる賑やかな日でも。
キャミローズだけは輪に入れず、隅の方で一人寂しく過ごす。楽しそうな笑い声が遠くから聞こえるたびに彼女の心は鉛のように重くなった。寂しさと孤独。
このようにキャミローズは言葉による暴力、無視、差別的な扱い。過酷な労働、精神的な孤立というあらゆる形の蔑みを受けながら絶望的な日々を送っていた。彼女にとって夫の家は温かい家庭ではなく、冷酷な牢獄以外の何物でもない。
そんなある日、キャミローズは有無を言わされず生贄として古の竜、ガウラの棲む山へと送られることになった。
「これでやっと、厄介払いができるわ」
義母の冷たい言葉がキャミローズの胸に突き刺さる。生きて帰れるはずもない。彼らにとって自分の死はエンターテインメント。
後にそう評価する。恐怖と諦めがないまぜになった感情を抱えながら、キャミローズは深い森の奥へと足を踏み入れた。酷く寒い。
やがて、巨大な洞窟が見えてきた。奥からは熱い息遣いと地を揺るがすような咆哮が聞こえる。キャミローズは覚悟を決めて、洞窟の中へと進んだ。
じめじめしてはなかったのが意外。なぜか予感がした。そこにいたのは想像をはるかに超える巨大な竜。漆黒の鱗に覆われた体躯、燃えるような金色の瞳。ガウラは獲物を見定めるように、冷たい視線をキャミローズに向けた。
しかし、その瞬間、キャミローズの脳裏に鮮烈な映像が流れ込んできた。それは、前世の記憶。遥か昔、彼女は竜を愛し共に生きた巫女だったのだ。
目の前の巨大な竜、ガウラは前世で彼女が深く愛した存在だった。巫女の前は現代に生きる平凡な女でもあったけれど。
「ガウラ」
思わず、懐かしい響きを持つその名を呼んだキャミローズの声は震えていた。頭が少し痛い。ガウラの金色の瞳が、驚愕の色に染まる。その巨大な体が、微かに震えた。
「〇〇?」
竜とは思えない、深く甘美な声が洞窟に響いた。キャミローズはその声を聞いた瞬間、確信を抱く。前世の記憶を持っている。
次の瞬間、信じられないことが起こった。眩い光が洞窟を満たし、巨大な竜の姿がみるみるうちに変化していく。光が収まった場所に立っていたのは、息をのむほど美しい青年が。
絹糸のような黒髪、吸い込まれそうな深い紫色の瞳。その姿は神々しいまでの美しさを湛えていた。美しいと反芻。
「本当に、〇〇なのか?」
ガウラは震える声で再びキャミローズの過去の名を呼んだ。綺麗な瞳にはとてつもない喜びと深い悲しみが入り混じっていた。
「ガウラ。私、今の名前は違うよ?」
キャミローズの言葉にガウラの美しい顔が綻んだ。彼は一歩踏み出し優しくキャミローズを抱きしめた。体温はキャミローズが前世で感じた、懐かしい温もりそのもの。強いし、痛いほどだが逆にその方が良かった。
「ああ、〇〇、キャミローズ。やっと、また会えた」
ガウラの声は喜びで震えている。彼は生贄として差し出されたキャミローズを再び、失われた愛しい存在として見つめていた。
女も絶対的な力を持つドラゴンという、何者にも変え難い存在に涙する。虐げられていた妻のキャミローズは。生贄として訪れた竜の住処で前世の愛しい伴侶、ガウラと再会を果たした。
夫の元には二度と戻らない。ガウラの腕の中でキャミローズは深い安堵に包まれていた。前世の記憶が鮮明に蘇り、彼女はガウラがどれほど深く自分を愛してくれていたかを思い出す。
虐げられた日々は遠い過去のようで、今はただガウラの温もりだけが現実だった。嬉しさに綻ぶ心。もう、離れない。
数日後、キャミローズはガウラと共に彼の住む天空の城へと移り住んだ。急展開に思えるがただの順当な展開である。雲の上にそびえ立つその城は息をのむほど美しく、宝石のように輝いていた。
「どこか怪我をしてないか?」
「してないと言いたいけど、すごくある」
ガウラはキャミローズをまるで壊れやすい宝物のように扱い、ありとあらゆる愛情を注いだ。
「だろうな。治すから安心しろ」
美味しい食事、美しい衣、何よりも優しい眼差し。虐待の日々を送っていたキャミローズにとって夢のような毎日だった。
落ち着くと別のことが気になりだす。キャミローズの心には夫とその家族への拭いきれない怒りが残っていた。あんなにも酷い仕打ちを受け、命さえ奪われかけたのだ。このまま穏やかに暮らすことは彼女にはできなかった。
「ガウラ。私を虐げた者たちに償いをさせたい」
ある日、キャミローズは真剣な眼差しでガウラに告げた。その瞳には強い意志がある。
「絶対にやり遂げる」
ガウラはキャミローズの言葉を静かに聞いた。
彼の紫色の瞳にはキャミローズへの深い愛情と、彼女を傷つけた者たちへの冷たい怒りがある。
「ああ。キャミローズの望むままにしよう。お前を苦しめた者たちに、相応の報いを受けさせてやろう」
ガウラの声は普段の甘美な響きとは異なり、低くて絶対的な力を持っていた。
「あなたの後ろだけがあれば、百人力だよ。今回は悪いけど全力で乗っからせてもらうね」
ドラゴンは雲の上の存在。比喩でもあり、現実でもそう。ガウラはその強大な力を使って、キャミローズの夫とその家族の悪行を暴き出した。
「投影魔法で、空に映しておいたからな」
やってしまえと頼んだのだ。彼らがこれまで犯してきた数々の不正。横暴な振る舞い。
「きゃあ、なによあれ!?」
そして、キャミローズに対する非道な虐待の証拠を容赦なく白日の下に晒したのだ。
「見ろ、あれ、僕らじゃないか?」
瞬く間に彼らの築き上げてきた地位も財産も、音を立てて崩れ落ちた。
「人手なし家族!出ていけっ」
世間の人々は彼らの悪行に怒り、非難の声を上げる。権勢を誇っていた夫とその家族は一転して社会の底辺へと突き落とされ、全てを失い、絶望の中で生きていくことになる。
キャミローズにした仕打ちを後悔してももう遅い。彼らは尊き存在を激怒させたのだから。彼らを助ける者は誰一人いなかった。
ガウラはまず彼らの経済的な基盤を徹底的に破壊した。長年不正に蓄えてきた財産、隠し持っていた資産、全てをガウラの力で洗い出し容赦なく差し押さえ彼らが贅沢三昧をしていた邸宅は競売にかけられ、華やかな装飾品は二束三文で売り払われた。
一夜にして彼らは貧乏のどん底に突き落とされた。次にガウラは彼らの社会的信用を失墜。これまで隠蔽されてきた数々の悪行、従業員へのパワハラ、取引先への不正な圧力。
キャミローズに対する陰湿な虐待の証拠を、匿名でメディアや告発部署に送りつける。瞬く間にそれらの情報は新聞などで拡散され、世間は彼らの醜悪な本性に嫌悪感を抱いた。
彼らが経営する会社は信用が暴落し、取引は停止。顧客は離れ、倒産寸前の状態に追い込まれた。さらに、ガウラは彼らの人間関係をも崩壊。これまで保身のために彼らに媚びへつらっていた者たちは、手のひらを返したように冷たくなることに。
誰も彼らに手を差し伸べようとはしなかった。親戚や友人からも見放され、完全に孤立無援の状態に陥る。最も効果的だったのは彼らがキャミローズに対して行った虐待の事実を、克明に世間に知らしめたこと。
キャミローズが受けた言葉による暴力、無視、食事を与えられないといった精神的な苦痛。身体的な虐待の詳細が明るみに出るにつれ、世間の同情は元妻のキャミローズに一旦集中。
元夫と元夫の家族への怒りは頂点に達する。彼らの家には連日、抗議の声や手紙が殺到し外出することもままならない日々を送ることになった。買い物とて満足にできなくなる。
キャミローズを見下し、虐待してきた元夫は、今や憔悴しきり街を歩けば近所から白い目で見られるようになった。傲慢だった義母は威勢を失い、怯えながらひっそりと暮らすことを余儀なくされる。他の家族も同様に社会的な制裁を受け、まともな生活を送ることができなくなった。
キャミローズはガウラの隣でこれらの顛末を静かに見守っていた。彼らが失意のうちに転落していく様を見ても以前のような吹き出してくる、激しい怒りは湧き上がらない。
彼らが味わっている絶望と孤独を目の当たりにし、ほんのわずかな憐れみすら感じた。それでも、彼らが犯した罪は決して許されるものではないとキャミローズは強く思う。キャミローズの複雑な感情を察し、男は包むように優しく抱き寄せた。
「これで、お前の心は少しは晴れたか?」
彼、ガウラの温もりに包まれながらゆっくりと頷きた。
「うん。ありがとう、ガウラ。もう、過去に囚われることはないわ」
具体的な制裁によってキャミローズを苦しめた者たちは完全に社会的に抹殺され、二度と彼女の前に現れることはない。
天空の城でガウラと穏やかな日々を送るキャミローズ。心にはもう一つのわだかまりがあった。彼女を虐待する元夫の元へ何の疑いもなく送り込んだ、実の親への複雑な感情。彼らは娘の幸せを願うどころか、保身のために自身を犠牲にした。
「ガウラ。私の両親にも、償いをさせたい。許せない。許せそうにない」
ある日、キャミローズは悲しみを湛えた瞳でガウラに訴えた。キャミローズの静かな怒りを感じ取り深く頷く。ガウラは強大な魔法の力を行使し、愛しい彼女の両親が住む領地一帯に異変を引き起こした。
まず、彼らの領地を恵みの雨が長く降らない不毛の地へと変える。作物は枯れ、井戸は干上がり領民たちは困窮し始めた。
これまで娘の犠牲の上に安穏と暮らしてきた両親は日々の生活にも苦労するようになる。さらに、ガウラは彼らの悪評を広めた。彼らが娘を顧みず、権力者の顔色ばかりを窺っていたこと。
わずかな持参金のためにキャミローズを虐待されると知りながら嫁がせた事実を、吟遊詩人たちを使って各地に広めた。世間は彼らの冷酷さに憤り嘲笑と非難の声を浴びせるようになった。
領民たちの不満は募り、ついに一揆が起こる。長年、領主夫妻の政に苦しめられてきた領民たちは彼らを領主の座から引きずり下ろし、冷たい牢獄へと突き落とした。
領主として贅沢な暮らしをしていた両親は、薄暗く汚れた牢の中で飢えと寒さに震える日々を送ることになろう。
キャミローズはガウラと共に変わり果てた故郷の地を訪れた。荒れ果てた土地、困窮する人、牢獄に入れられた両親の姿を静かに見つめる。牢獄の中でやつれた両親は娘のキャミローズの姿を認めると、驚愕の表情を浮かべた。
「キャミローズ!お前、生き……」
父親は掠れた声でそう呟くのが精一杯。キャミローズは冷たい視線で両親を見下ろした。
「あなたたちは、私を顧みず自分の保身のために私を犠牲にした。その報いを受けたの」
母親は涙ながらに許しを乞いた。
「キャミローズ、悪かったわ。どうか、私たちを許してっ。お願いよぉ」
しかし、キャミローズの心は悲しみや恨みとは違う、静かな諦念に満ちていた。潔く認めるわけがないとは思っていたけど。
「あなたたちが私にしたことは、決して許されることではないの。私はもうあなたたちの娘ではない。娘なんて最初からいなかった。居たのは使い勝手の良い奴隷だった」
言い残し、キャミローズはガウラと共に再び天空の城へと戻った。
彼女の両親は失った信頼と地位、娘の愛情を取り戻すことは二度とない。
ようやく、過去の全ての呪縛から解放され、愛するガウラの隣で真の幸福を手に入れた。彼女を苦しめた者たちはそれぞれの罪に見合う報いを受け、静かに彼女の人生から消え去ったのだ。
キャミローズは愛するガウラの隣で、ようやく穏やかな日々を取り戻した。復讐心は満たされたはずだったが彼女の心には、どこか虚しさも残っていた。
ガウラが優しく彼女の手を握り温かい眼差しを向けてくれた時、キャミローズの心は再び温かい光で満たされる。その光景を静かに見つめる。
「もう大丈夫だ、キャミローズ。お前はもう、誰にも傷つけられない」
優しい言葉はキャミローズの心に深く染み渡った。過去の呪縛から解放され、愛するガウラの隣で新しい未来を歩んでいく。
虐げられた自分は前世の記憶と愛する竜の力によって、見事な逆転を果たしたのだ。
天空の城でのキャミローズの日常は地上での辛い日々とは対照的に、甘美な愛に満ち溢れていた。
漆黒の翼を休ませたガウラは人型の美しい青年として、常にキャミローズの傍に。
朝、日の光が差し込む寝室で目を覚ますと、隣には穏やかな寝息を立てるガウラの姿が。絹糸のような黒髪が枕元に広がり、その端正な顔立ちは眠っている時でさえも息をのむほど。キャミローズがそっと身を起こすとガウラの紫色の瞳がゆっくりと開く。
「おはよう」
低く甘い声が朝の静けさを優しく包み込む。寝起きとは思えないほど美しい微笑みをキャミローズに向け、優しく抱き寄せ額に口づけを落とす。
朝食はガウラが自ら用意することも少なくない。竜の力で空から現れる珍しい果実や魔法で呼び出した温かいスープなどが、二人の食卓を彩る。
こちらが美味しそうに頬張る様子をガウラはいつも優しい眼差しで見守っていた。
「美味しい。これは好きかも」
「もっと取り寄せる」
日中は、ガウラの書斎で共に過ごすことが多くあった。ガウラは古の知識や魔法についてキャミローズに教え、キャミローズは地上での出来事や、前世の記憶について語り。
二人は互いの声に耳を傾け、穏やかな時間を共有した。そして、キャミローズが何よりも愛したのは、午後のひととき。書斎の窓辺の大きなソファに二人で腰掛け、ガウラの膝の上にそっと身を預ける。
ガウラの体温は心地よく、彼の優しい腕がキャミローズを優しく包み込む。男は退屈しないように様々な話を聞かせてくれた。
遥か昔の神々の物語、星々の誕生の秘密、彼がキャミローズをどれほど深く愛しているかという甘い囁き。声は子守唄のように心地よく、キャミローズはいつの間にかうとうとと眠ってしまうこともあった。
眠りから覚めるとそこは変わらずガウラの温かい膝の上。彼は眠るキャミローズの髪を優しく梳き、その愛らしい寝顔を慈しむように見つめていた。
キャミローズが目を覚ますと彼は柔らかな微笑みを浮かべ「よく眠れたか?」と優しい声で問いかける。時にはガウラが竜の姿に戻り、キャミローズを背に乗せて空を散歩することもあった。
眼下に広がる雲海、夕焼けに染まる空、輝く星々。キャミローズはガウラの温かい背中に抱きつきながら壮大な景色を二人で分かち合う。
夜になるとガウラはキャミローズを優しく抱きしめ、温かい寝台へと運ぶ。
二人は互いの体温を感じながら、静かに眠りにつく。眠りにつく前には必ず甘いキスと「愛している」という言葉が交わされた。
虐げられていた日々が嘘のようにガウラの深い愛情に包まれ心穏やかな毎日を送っている。彼の膝の上は彼女にとって最も安らげる場所。彼の温もりは過去の傷を癒してくれる、何よりも優しい薬。
天空の城での甘い生活は続いていたがドラゴンの圧倒的な美貌と彼が持つ特別な魅力は、時にキャミローズの心に小さな影を落とすことがあった。
ガウラが人型で城の庭園を歩いていると時折、城に仕える女性たちが隠しきれない憧憬の眼差しを彼に向けるのだ。美しい花を手に近づき、何か話しかけようとする侍女。
用もないのに彼の執務室の前を何度も行き来する女官。彼女たちの頬はほんのり赤く染まり、声は上ずる。
キャミローズはそんな光景を何度も見ていると、胸の奥に小さな棘が刺さるような感覚を覚えた。
彼は誰に対しても優しく、穏やかに接するため彼女たちの好意を明確に拒絶することはない。優しさがキャミローズにとっては不安の種となる。
ある日のこと。城に客人として美しい女国の王女が訪れた。呆れたものだが。王女はガウラに一目惚れし滞在中、露骨に彼に近づこうとし。
晩餐の席では隣に座り甘い声で話しかけ、美しい瞳でじっと見つめ。ガウラは礼儀正しく応対していたが、その様子を複雑な思いで見つめていた。振りまかないでほしい。
晩餐後、キャミローズは一人自室の窓辺に立つ。冷たい風が彼女の頬を撫で。
「キャミローズ?」
背後からガウラの優しい声が聞こえた。彼は心配そうな表情でキャミローズを見つめる。心配している声音。
「どうしたんだ?何かあったか?」
キャミローズは少し躊躇したが、素直な気持ちを打ち明けることにした。
「あの、王女様のこと、少し気になって、ね」
ガウラはキャミローズの言葉の意味をすぐに理解したよう。彼は優しく微笑み、キャミローズの手を取った。
「心配することはない。おれの心には、キャミローズしかいない」
言いながら、ガウラはキャミローズを優しく抱き寄せ柔らかな髪に顔を埋めた。
「彼女は美しい女性だがおれにとって、それはただの美しい景色と同じだ。おれの心に深く根を下ろし、私にとってかけがえのない存在はただ一人、キャミローズだけだ」
ガウラの言葉は温かく力強く、キャミローズの不安な心を優しく包み込む。愛する男の真摯な眼差しと嘘偽りのない言葉に、キャミローズの心は安堵と自信を取り戻していく。
しかし、嫉妬の塊は完全に消え去ったわけではない。ガウラが他の女性と話しているのを見るたびにキャミローズの心には、小さなざわめきが起こる。
「もしかしたら、彼の心変わりがあるかもしれない」
「私よりもっと魅力的な女性が現れたら」
そんな不安がふとした瞬間に頭をよぎる。そんな時、ガウラは必ずキャミローズの微妙な変化に気づき、優しく抱きしめ愛の言葉を囁いてくれるのだ。
「キャミローズ、お前はおれの光だ。お前がいない世界など、考えられない」
「おれの愛は、永遠に変わらない」
ガウラの深い愛情と揺るぎない言葉によって、キャミローズは少しずつ自信を取り戻していく。彼の愛は彼女の過去の傷を癒し、未来への希望を与えてくれる。
それでも、時折感じる小さな嫉妬心は二人の間により深い愛情と信頼を築くための、隠れたスパイスとなっていたのかもしれない。
午後の穏やかな日差しが天空の城の庭園に降り注いでいた。色とりどりの花々が咲き誇り甘い香りが風に乗って運ばれてくる。
キャミローズはベンチに腰掛け、ガウラが摘んできてくれた珍しい花を優しく撫でていた。ガウラは庭の手入れを終え、汗を額に滲ませながらキャミローズの隣に腰を下ろす。
彼の瞳は陽光を受けて、より一層深く輝いていた。
「疲れてる?」
キャミローズがそう声をかけるとガウラは優しく微笑む。
「お前の傍にいられるなら、どんな疲れも感じない」
二人の間には、穏やかな沈黙が流れた。鳥のさえずりだけが静かな庭園に響く。キャミローズはふと顔を上げ、ガウラの美しい横顔に見惚れていた。
完璧なまでの造形、意志の強そうな顎のライン。見ているだけで心が惹きつけられ。ガウラもまた、キャミローズの視線に気づいたのだ。
彼は顔をキャミローズに向け、瞳をじっと見つめた。二人の視線が絡み合い、周囲の音は遠のいていくよう。
空気はねっとりとした熱を帯び始め、甘く少し危険な雰囲気が漂い始めた。
普段は優しいガウラの瞳に強い欲の光が宿っているのを感じる。彼の視線は獲物を捉える竜のようにキャミローズの瞳から鼻へ唇へと、熱く絡みつく。ぞわり。
キャミローズの心臓はドキドキと早鐘のように打ち始めた。予期せぬガウラの熱に、ほんの少しの戸惑いとそれ以上の期待が入り混じる。
次の瞬間ガウラは躊躇うことなく身を乗り出し、キャミローズの顎を優しく触れて強引に捉えた。キャミローズはその出来事に息を呑んだが、ガウラの熱い視線から逃れることはできない。
「キャミローズ……!」
瞳はいつにも増して力強い。その声だけでこちらの体温は急上昇した。ガウラの顔がゆっくりと近づいてくる。キャミローズは目を閉じた。彼の息遣いがすぐそこまで感じられた。
次の瞬間、熱く、感触がキャミローズの唇を奪う。それは優しさの中に、抑えきれない愛が込められたキス。
ガウラの唇は探るように次第に深く、激しくキャミローズの唇を求め始め。すぐにガウラの熱意に身を委ねた。彼の肩に手を絡ませ自分からも積極的にキスに応える。
時折見せる、思慮深い眼差しから目が離せない。二人の間には言葉など全くない。ただ、熱い吐息と絡み合う唇だけが、激しい感情を物語っていた。
強引な始まりだが、そのキスは二人の間に深い愛情と抑えきれない衝動が混じる。
庭園の甘い香りと降り注ぐ陽光の中で、二人はただ、互いの存在だけを感じ熱い口づけを交わし続ける。
体温を少し話すと二人は微笑みあった。
⭐︎の評価をしていただければ幸いです。




