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メンズのブランドが入ってる、全体的にちょっと値段が高めのデパートで瀬川に着替えを買ってもらい、それからオレたちは飲み屋が立ち並んでいる一画に移動した。瀬川が向かったのはチェーン店系の安い居酒屋じゃなくて、これまた値段の高そうな洒落た感じの店だった。オレたちが通された個室には先客の姿があって、瀬川と同年代くらいの男女がいる。オレと瀬川を含めると男女の割合は四対四。しかもこの、初対面の空気が漂う独特な雰囲気は間違いなく合コンだな。
オレが直感した通り、男と女が寄り集まっての酒の席は合コン以外の何物でもなかった。だけどオレが今まで経験してきた合コンとは違って、瀬川と同年代くらいだと女も落ち着いてる。盛り上がることを最優先する十代の合コンとは確かに違うかもしれないが、これが瀬川の言う『大人の楽しみ』ってやつなのか? だとしたら、興醒めだ。
一軒目の雰囲気はまだ良かったんだけど、二軒目でカラオケに移動してからが最悪だった。その頃にはすっかり酔いが回っていて、一軒目の落ち着いた空気がものの見事に払拭されてしまったからだ。こういう時の弾け方って年齢に関係ないんだな。この特別指導とやらで、そのことがよく解ったよ。
「王様ゲームっ!!」
酔っ払った男がマイクを独占して、歌うでもなくわめきたてている。ついに王道ゲームが始まったか。見飽きすぎていて、ため息も出ない。
「君はやらないの?」
すみっこに陣取って盛り上がってる連中を眺めてたら、女に声をかけられた。ショートボブのこの子、何て名前だったかな。自己紹介も聞き流してたから忘れた。
「やらない。飽きたから」
別に王様ゲームが嫌いなわけじゃない。一時期毎晩のようにやってたから飽きただけだ。やり始めの頃は初対面の女の子とキスしたりするのが楽しかったけど、今はそれに楽しみを見出せないんだよ。
「ふーん。君が一番若そうなのに冷めてるんだね」
オレと会話をしつつも、女の視線は別のヤツに向けられている。彼女が見つめている先には長い脚を横柄に組んで何故かポッキーをくわえてるチャラい男の姿があった。オレの他にもあと二人男がいるけど、今日の主役は間違いなく王様のアイツだ。さりげなく全員にアイソを振りまいている女達の熱視線は、実はヤツにだけ向けられているから。
「ねえねえ、瀬川さんが医者だってホント?」
オレの耳元に唇を寄せながら、女が密かな囁きを零す。どこからそんな話が出てきたんだか知らないけど『センセー』違いだ。でも、なるほどな。それで彼女達はみんな瀬川狙いなのか。世の中しょせん金ってことだな。
女と二人で一本のポッキーを両端から食べ進めている瀬川の姿を尻目に、オレは席を立った。タダ飯も食ったことだし、そろそろ帰ろう。こんなつまらない『指導』を受けるくらいなら家で寝てた方がマシだ。というわけで、盛り上がってる連中の目に留まらないよう密かに個室を後にする。カラオケ店の中では廊下でも流行の音楽が流れていて、あちこちから素人の歌声も漏れ聞こえてくる。それを流し聞きながら受付を素通りしてエレベーターが来るのを待っていると、オレの横に誰かが並んだ。何となく顔を上げて見ると隣にいたのは見知ったヤツで、オレは軽く眉根を寄せる。
「そろそろ行くか」
エレベーターが来て扉が開くと、瀬川はオレを促しながら乗り込んだ。まるで示し合わせたようだけど、オレは帰ることを瀬川に告げていない。だけど一階のボタンを押した瀬川も帰る気は満々のようだ。目ざといヤツ。
「いいの? あんたが抜けたらシラけるだろ」
合コンだけど、女は全員瀬川狙いだった。場慣れしている瀬川がそのことに気付いていないはずもない。だけどヤツは合コンに微塵の未練もなさそうに、あっさりと頷いて見せた。女の子が好みじゃなかったのかオレに気を遣ったのかは知らないが、どっちでもどうでもいい。
「高野、まだ飲めるか?」
瀬川は平然と尋ねてきたけど、教え子の高校生に酒を勧める担任教師っていうのはどうなんだ? 学校にバレたら教員免許剥奪ものだな。
「それとも、もう限界か?」
いやらしい笑みを口元に浮かべながら、瀬川はオレに視線を流してくる。はいはい、オレを挑発したいわけね。どうせ明日も休みだし、もう少しくらい付き合ってやるか。
「あれしきの酒でオレが酔ってるとでも思ってんの?」
「そうだな。黙りこくってサワーをチビチビやってただけだもんな?」
……今のはちょっとムカッときた。バーボンやウイスキーをストレートで飲まなきゃ酒じゃないとでも? なら、キツイ酒を美味しくいただける店に連れてってもらおうじゃないか。高くついても知らないからな。




