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【完結】悪役毒妃の後宮心理術  作者: ともボン


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第16話   運命のコインの結末

「倭魅美……妃が来てる? この玉照宮に? どうして?」


 このとき、私の脳内は軽いパニックを起こしていた。


 あれからどれぐらいの時間が経ったかわからないが、身体の疲労感や節々の痛みからすると丸一日は気を失っていたかもしれない。


 その間に何が起こったのか知る由もないが、一つ言えることがある。


 私は今のところ倭魅美とまったく接点がないということ。


 もちろん倭魅美との接点はこれから作る予定だった。


 彼女はこの『後宮遊戯』の中の正ヒロイン。


 つまり、『後宮遊戯』は倭魅美のための物語なのだ。


 そして私は倭魅美の恋路を邪魔する悪役妃。


 だから私は倭魅美が後宮入りするまで自分なりに頑張ってきた。


 私には『後宮遊戯』の原作知識がほとんどない。


 なので倭魅美以外のどこに破滅フラグが転がっているかわからず、それでも前世で培ってきた臨床心理士としての知識と経験をもとに破滅フラグになりそうなイベントを回避してきた……と思う。


 だが、私を死へと誘う最大級の破滅フラグが倭魅美であることに変わりはない。


 当然ながら倭魅美が悪いわけではなく、本物の蘇風心の陰険で凶悪な性格が災いして自身の死へと繋がるのだ。


(本物の……蘇風心……)


 私は額に浮かんでいた汗を寝衣の袖で拭って先ほどの悪夢を思い出す。


 まさに悪夢といっていいほどの夢だった。


 正月に帰省した実家に本物の風心がいて、リビングに入ってきた私の首を絞めてきたのだ。


 細部まですべて覚えている。


 本物の蘇風心の顔。

 

 本物の蘇風心の髪形。


 本物の蘇風心の衣装。


 そして、本物の蘇風心が山田ゆいであった私に言い放った言葉。


 ――わたくしの身体を返せ


 ゾワッと全身に悪寒が走った。


 同時に、私はおそるおそる姿見に映っていた今の自分を見る。


 そこには悪夢の中で登場した本物の蘇風心が映っていた。


 だが、それは姿かたちが本物の蘇風心なだけだ。


 本物の蘇風心はどこにもいない。


 今の蘇風心の身体には、何の因果か山田ゆいこと私の魂が入っている。


 そこで私はふと疑問に思った。


 あの悪夢を見るまではまったく考えなかったが、山田ゆいである私の魂が肉体に入ったあとの本物の蘇風心の魂はどこにいったのだろう?


 以前に沙羅から小説やアニメ、漫画やゲームで流行っている異世界転生系の物語を聞いたことがある。


 異世界転生系の物語とは、現世で事故や病気など不運な出来事で命を落とした主人公が色々な理由で異世界へ転生する話だ。


 沙羅が言うには数年前までは神様から特別な知識や力をもらった主人公が、中世ヨーロッパ風の異世界へ転移もしくは転生するのが主流だったという。


 しかし、今は異世界転生系の物語というとゲーム内転生を指すと言っていた。


『後宮遊戯』がまさにそのゲーム内転生ものにあたる。


 古代中国をモデルにした中華風ファンタジーで、女の園である後宮を舞台に倭国からやってきた妃を主人公に物語が展開していく。


 その『後宮遊戯』の主人公こそ、プレイヤーが感情移入しながら操作する倭魅美というキャラクターだ。


 年齢は十六歳で、まさに誰からも愛される要素を持つ正ヒロイン。


 そして、蘇風心となった私の生死を握る最大級の破滅フラグでもある。


「……さま……心さま……風心さま……」


 私はハッとすると、声をかけていた水連さんに顔を向ける。


「風心さま、どういたしましょう? まだお身体の具合が悪いのでしたら、魅美妃には日を改めていただきますか?」


「そ、そうね……どうしようかしら」


 私は答えをはぐらかしながら必死に思考する。


 どうして倭魅美が私を訪ねてきたのは不明だが、これは最大のチャンスではないだろうか。


 倭魅美とは遅かれ早かれ接触するつもりだった。


 けれども、妃位封賜ひいほうしというイベントが終わるまでは倭魅美は異国から来た無位の妃に過ぎない。


 そんな妃に四夫人の自分からアプローチしてもいいのだろうか?


 などと考えていたのだが、こうして向こうから何かの理由で会いに来たということは彼女と仲良くなれる千載一遇のチャンスとも捉えられる。


 ただし、これは言うなればコインの表と裏。


 表が最大のチャンスだとすると、裏は当たり前だが最大の破滅フラグである。


「やはり、今日のところは魅美妃には帰っていただきましょう。そもそも魅美妃はまだ何の位も持たない無位の妃です。徳妃であられる風心さまのもとに事前の了承もなしに会いに来られたこと自体が失礼にあたります」


 そう言って水連さんは振り返ろうとした。


「待って」


 私は無意識に呼び止め、意を決して水連さんに告げる。


「構いません。魅美妃と会いますので、隣の居室にお通ししなさい」


 どのみち倭魅美と会う必要があったのなら、ここで破滅フラグを恐れて会わないという選択肢を選ぶことが破滅フラグに繋がるかもしれない。


 そう思ったからこそ、私は自分を奮い立たせて倭魅美と会う決心を決めた。


 私は破滅フラグなんかに負けない。


 自分の未来は自分で獲得してみせる。


 私は心の中で実在しないコインを親指で強く弾いた。


 チャンスと破滅フラグを決めるコインは中空高く回転しながら飛んでいく。


 コインは妄想なのでどちらの面が出るかはわからない。


 でも、私はチャンスを引き当てたと強く思い込んだ。


     ♦♦♦


「失礼いたします」


 ほどしばらくして、私の居室に数人の倭国人の侍女を連れた倭魅美がやってきた。


 すでに椅子に座って待っていた私は、丁寧な所作で居室に入ってきた倭魅美を見て感嘆の息を漏らす。


(これが『後宮遊戯』の正ヒロインか)


 倭魅美が部屋に入ってきた途端、室内の光量が上がったような錯覚に陥った。


 それほど倭魅美には華がある。


 龍翔門で遠くから見たときは思わなかったが、こうして間近で見ると倭魅美は純潔な花を思い浮かべさせる清らかさがあった。


 そんな倭魅美は入り口の前に佇み、私に向かって深々と頭を下げてくる。


「急な訪問を許していただき誠に感謝しております。わたしは倭国から参りました倭魅美と申します」


 さすがは高貴な生まれの妃だ。


 髪の手入れ、華秦国の衣装の着こなし、礼儀作法、言葉遣い。


 どれをとっても異国の妃とは思えないほど華秦国の妃になっている。


 それは倭魅美の後方に控えている二人の侍女もそうだった。


 彼女たちも倭魅美についてきた倭国人なのだが、髪形や衣装は華秦国のものとなっている。


 私もすでに髪を整え、普段の衣装に着替えていた。


 水連さんや寧寧ちゃんは湯浴みをして汗を完全に拭いましょうと提案してきたが、私としてはそこまでして相手を待たせるつもりはなかった。


 なので私は水浴びや湯浴みはもちろん、寧寧ちゃんが普段してくれる少し茶色のおしろいや頬紅、そして墨汁を使った筆の眉毛書きなどを少しした程度である。


 そして倭魅美はかんざしや衣装は華秦国の妃らしく派手に着飾っているが、倭国の妃におしろいをする習慣がないのか健康的な桃色の肌のままだ。


 直後、私は倭魅美が入り口前で動かないことに気づいてハッとした。


 つい前世の日本人感覚で倭魅美を見てしまっていて、相手が勝手に対面の椅子に座ってくれると思っていたのだ。


 しかし、ここは四夫人である私の宮殿内である。


 特に私たちがいる部屋は玉照宮の最奥の部屋。


 倭魅美からしたら宮殿の主人の正式な許可がなければ、居室の中央にあるテーブルの椅子に座るどころか近づくこともできないと思っているに違いない。


「ようこそお出でくださいました」


 私は相手に敬意を払っている証として立ち上がると、対面の空いている席にすっと右手を差し出した。


「さあ、立ち話も何ですのでどうぞお座りください。水連、お茶と菓子をもってきてちょうだいな」


「は……はい……」


 水連さんは戸惑いながら了承すると、他の侍女たちを連れて退室していく。


 一方、寧寧ちゃんは私の後方に佇んでいる。


 そして私が再び腰を下ろすと、倭魅美は一礼して私の対面の席に歩いてきた。


 一緒に歩いてきた侍女が椅子を引き、倭魅美は優雅な所作で椅子に座る。


 礼儀作法がきちんと身体に染みついている人間の動きだ。


「それで、倭国から来られたばかりの妃さまが本日はどういったご用でしょう?」


 私は心臓をバクバクさせながらも、精いっぱい徳妃の演技に全力を注ぐ。


 最大級の破滅フラグを前に動揺するなというほうが無理だ。


 だが、そういった態度は立場上見せてはならない。


 私の疑問に倭魅美は心配そうな顔で口を開く。


「申し訳ございません。まずは確認をさせてください。昨日にわたしが後宮の門をくぐったあと、急にお倒れになられたというのは本当でしょうか?」


(え? まさか、私のことが心配でわざわざ様子を見に来てくれたの?)


 私は心理士の観察眼で倭魅美の様子を見る。


 ぱっと見た限り、倭魅美が嘘をついているようには見えなかった。


 本当に私を心配してくれているような表情をしている。


(ちょっと待って。もしかして、ここが原作では破滅フラグの分岐点だったんじゃない?)


 ここからは私の想像だったが、倭魅美を操作するプレイヤー視点になって考えると色々と辻褄が合う。


 私が倭魅美を操作するプレイヤーだったとして、ゲームの序盤は当然ながら後宮入りするところからスタートだっただろう。


 そして、最序盤のイベントとして蘇風心の失神騒ぎがあったとしたらどうか?


 倭魅美は後宮のことや他の妃たちのことを誰かに説明され、龍翔門で気を失った人物が蘇風心だと知る。


 そこで倭魅美は侍女を連れて玉照宮を訪ねた。


 理由は純粋に蘇風心のことを心配してだ。


 ところが玉照宮に来て蘇風心を訪ねてみると、意識を取り戻していた蘇風心は倭魅美を居室に招き入れて罵倒した。


 罵倒の内容は「島国から来た妃の分際で私を下に見るな」だったかもしれない。


 そうして倭魅美は無下に追い返され、その噂は倭魅美の侍女を経由して後宮内に瞬く間に広まる。


 やはり蘇風心は徳妃ではなく〝毒妃〟だと。


 当然ながらこの悪評は攻略対象者の耳にも入り、やがて蘇風心は破滅フラグの道へと真っ逆さまに落ちていく。


 もちろん、これは原作知識のない私の想像だ。


 けれど、その可能性は十分にあり得た。


 だとしたら、私の取る行動は決まっている。


「え……ええ、私はもう大丈夫ですよ。その節はお騒がせてしまった本当に申し訳ありません」


 私は嘘偽りないの気持ちとともに、倭魅美に対して小さく頭を下げる。


 お腹の位置で両手を重ね、心から感謝している様子を示しながら――。


 すると私の気持ちが伝わったのか、倭魅美は両手を振って激しく動揺する。


「おやめください、風心妃さま! 徳妃さまとあろうお方がわたしのような無位の妃に頭など下げては品位が落ちてしまいます!」


 何という正ヒロインの態度とオーラだろう。


 倭魅美には他人を疑うという感じがほとんどない。


 倭国で幼少の頃から心を汚す代物を徹底的に排除され、それこそ蝶よ花よと大事に育てられたに違いない。


 私の目には、倭魅美が無菌室で育てられた百合の花に見えた。


 だとしたら決して粗末に扱ってはならない。


「そこまで卑屈になることはありませんよ、魅美妃。あなたは数日後に私と同じ妃位を与えられるのです。そうなれば私と同格……いえ、それ以上の妃となって帝の寵愛を受けるかもしれません」


 私は満面の笑みを倭魅美に向ける。


(そうなるように私があなたの恋路を全力でサポートしてあげるからね)


 こうして私は破滅フラグを回避すべく、倭魅美と命を懸けた会話を始めた。

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