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2.レベルゼロの魔法使いの弟子はお風呂を沸かす事件で悩みが多い(2)

2.レベルゼロの魔法使いの弟子はお風呂を沸かす事件で悩みが多い(2)


 師匠のエラシェスから風呂の用意を命じられた弟子のラプランティは、ちょっと楽をしようと竹箒に魔法をかけて水を運んでもらいました。けれどそのまま眠ってしまったようです。


   *


 玄関から滝のように水が流れていました。


「あっ!」


 ラプランティが振りかえると、庭の池で軽装の赤髪碧眼の女騎士が溺れていました。


(じ、ず、ぶ)沈む。


 ヒトは水に浮くのですが、鍛えられた鋼のような肉体は水より重いです。これが城に水堀がある理由です。


 女騎士も肺いっぱいに息を吸っていれば浮いたかもしれません。とはいえ鎧をつけていたら確実に沈んでいたでしょう。その鎧も黄色い雌馬といっしょに流されていました。


「だっ、大丈夫ですか!」


 ラプランティが駆けよろうとしますが、水の流れは急すぎて履いていた木沓きぐつが流されてしまいました。


「冷たい!」


 廊下の奥、浴室から水が流れています。


「……!」


 ラプランティには、思いあたることがあります。


(助けなきゃあ! えっ! でも――)


 見ず知らずの女騎士を助けるか、師匠にバレないように魔法の竹箒を片づけるか。急場の迷いは命取りです。


「少年は、水を。私が、女性を」


 紳士がそう言いました。


「〈天地否てんちひ〉」


 白手袋の紳士が呪文を唱えると、足先から女騎士が引き上げられました。


「グハッ!(……助かった。――え?)」


 そのままバルコニーの床に落ちてしまいました。床板がしなっていますから、かなり体重があるのでしょう。


「え? どうして?」


 一方、ラプランティはというと、立ちつくしていました。


 竹箒は井戸から浴槽に水を運ぶ作業を続けていました。それも一本ではなく十数本に増えています。


 ラプランティが目を細め、よく〈〉ました。


 魔法使いの弟子が「現状」を記憶しました。脳内で状況を整理して「記憶」を逆再生します。


 十数本に増えていても、元は一本の竹箒です。それが増えた原因は何かに真っ二つにされたようです。それが繰り返され、やがて一本の竹箒に戻りました。


 庭のほうを〈〉ると「溺れていた女騎士が大量の水を押しもどし、玄関ドアを閉じて、水を天井の水位まで戻す」絵でした。


 まばたきして、ふつうに再生しました。「天井まである水が、ドアを開いた女騎士を庭まで流す」場面になりました。


 どうやら、竹箒を増やしたのも女騎士のようです。「裏庭に回った女騎士が竹箒を止めようと、剣で割った」のですが「割った分だけ増えてしまった」のです。


 そこで仕方なく「正しい礼儀で玄関からドアを開けたとたん、流されてしまった」のでした。


 庭の池にいたはずの合鴨も流されたようです。水草がちぎれています。


「どうして護符ごふが反応しない?」


 女騎士が胸の護符を取りだしますが、濡れてにじんでいました。水を嫌う魔術師は多いのは、魔術の文字が流れ落ちて術がけてしまうからです。


施術しじゅつがあまかったんだろう」


 女騎士の自答に、紳士が返答しました。油紙を魔術で加工したもののようです。


「宮廷魔術師の護符だぞ!」


「――(静かに)」


 紳士が女騎士の唇に人差し指を重ねました。「黙れ」のサインです。


 宮廷魔術師の護符を持っているということは、宮廷の密命があると自白しているようなものですからね。


「貴様は何者だ! 名を名乗れ」


 恥ずかしいのか、ずぶ濡れのまま女騎士が立ちあがりました。腰に手をやりますが、あわてて顔を左右に向けます。


 紳士が指さす池の底に片手剣がありました。


「チッ!」


 肺いっぱいに息を吸って、女騎士が飛びこみました。


「手伝おうか? 少年」


 紳士が首をかしげながら、ラプランティに声をかけました。木沓きぐつが宙に浮いています。


「おい待て! 話の途中だろうが!」


 すぐに戻った女騎士が紳士の肩を掴もうとしますが、相手は浮いています。


「淑女らしく、身を整えなさい。――乾かしてあげようか?」


「いらん!」


 結っていた長い髪をほどくと、風の魔術で身支度しました。魔術師としては初級のようです。うまくいきません。


「あー! どうして止まらないの!」


 魔法使いの弟子のラプランティはなんとか竹箒を止めようとしましたが、いかんせん数が多いです。


 どうにか一本は捕まえて解呪かいじゅしたのですが、他の竹箒は学習したのか逃げ惑うようになってしまいました。台所や書斎にまで逃げます。それでいてバケツはせっせと水を運んでいました。滑車が回り続けます。


「止まって! 止まってったらあ!」


 あたりまえですが、祈っても止まりません。


「よければ、手伝おうか?」


「グスン……。お願いします」


「〈地天泰(ちてんたい〉」


 滑車が動きを止め、バケツが転がり、竹箒が一本に戻り倒れました。流れていた水が蒸発していきます。


 温められた水蒸気が地上から天空へと上昇していきました。


「招待してくれるかな? 八番目の魔法使い〈ラ・ユイティエム・ソルシエール〉の家に」


 空がにわかに曇ったかとおもうと、どしゃぶりの雨になって落ちてきました。


   *


 ラプランティが二人にお茶をれました。もちろん客人用の高級茶です。


「ありがとう。とても複曜ふくような香味だね」


 黒髪黒眼の紳士は左利きのようです。


 一日で愉しむにはもったいないという意味だと、ラプランティは教わりました。


「寒い……」


 赤髪碧眼の女騎士が震えながら文句を言いました。毛布にくるまりながら、暖炉の前で替えの服も乾かしています。


「……遅いですね」


 ラプランティが王都のある東の窓を見ました。もう晴れています。


 女騎士の黄色い雌馬が、鴨の様子をじっと見ていました。


「あっ! さきほどはありがとうございました。お陰で助かりました。ありがとうございます」


 何度もお辞儀をするのでした。


「魔法をくのは得意でね。……けれどそれだけにしばりもある」


「縛り、ですか? どういったものなんですか? ――あっごめんなさい」


「いや、いいよ。現実に〈〉た者なら、観察者になるからね。縛りとはつまり……かせだね。魔法使いであれば、魔法――魔の法に従わなければならない――といったようなものだよ」


「えっと、あのすみません。まだご芳名をうかがっていませんでした。お名前を頂戴してもよろしいですか?」


「〈LHSエル・アッシュ・エス〉からはファロンと呼ばれている。君もそう呼ぶといい」


「ファロン? どんな意味だ?」


 女騎士が首を向けながら訊ねた。


「アイルランド語で『野営のかがり火の外から来た見知らぬ人(ストレンジャー・フロム・アウトサイド・ザ・キャンプファイア)』」


「見知らぬ人? 訳が分からない。およそ人の名とは思えん。――異世界人か?」


「見知らぬ人という意味では間違いないな」


 女騎士が毛布一枚の胸元を正しました。


「我が名は――」


「――剣聖キムキス。レベル99〈不破やぶれず〉の二つ名をもつBランクの美しい赤髪碧眼の女騎士」


「……どうしてレベルゼロに負ける!」


「風邪を引くぞ」


 キムキスがうなだれました。#くっころ


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