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VS強盗団

　俺はただ漠然とその様子を見つめていた。

　ドクンドクンと胸の鼓動が高鳴る。熱く体内を駆け抜ける血潮。沸々と沸き上がる狂気、それは封じていた筈の修羅の感情。

「ふざけた外道だな！」

　本能の赴《おもむ》くままに、やせ形の頬に右のストレートを打ち込んだ。

「ギャー」という叫びと共に、やせ形の身体が宙を飛ぶ。陳列棚をなぎ倒し、床に背中を打ち付けて悶絶《もんぜつ》した。

　商品が散らばる床を、俺は無造作に歩きだす。

「てめー、誰の了解を得て寝てんだ、こんなもんで終わる訳ねーだろうが！」

　やせ形を見下ろす場所まで来ると、その脇腹に数発蹴りを叩き込んだ。そのひと蹴り毎にやせ形の絶叫が響く。

「てめぇ、よくも仲間をやってくれたな！」

　後方から声が響いた。

「はぁ、俺に言ってんのか」

　振り返った視線の先、大柄がすぐそこまで走り込んでいた。特殊警棒を振りかざし、俺の顔面目掛けて袈裟斬りに走らせる。

　響き渡る凶音。二つの身体が交差する。暫しの沈黙。誰もが無言でその様子を見つめている。

「店員さん……」

　聞こえたのは女の声だ。俺はゆらゆらと首を上げて視線を向けた。

「無事なのか？」

　大きく眼を開きうんうんと頷く女。その胸に抱く、醤油のペットボトルが引き裂かれて歪んでいる。その中身はほとんど空。

　どうやら刺されたのは女じゃなかったようだ。刺されたのは醤油のペットボトル。それが盾となって、致命傷を免れたのだろう。少しだけ安堵の気持ちが込み上げた。

「くそっ、放せこいつ！」

　眼前では大柄が、身体に力を籠めて息巻いている。特殊警棒は、俺が左手で掴み取っていた。

　額に汗を浮かべ、歯を噛み締めながら、警棒を奪い取ろうとする大柄だが、少しもびくともしない。逆に俺の方に手繰り寄せられていく。

「なんだ、こいつが欲しいのか？」

　俺は力を籠めてあっさりと警棒を奪い取った。反動で大柄の身体がよろける。

　すかさず警防を床に投げ捨てて、そのみぞおちに強烈な右ストレートを打ち込む。雪崩れ込むように一回転して、首筋に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。

　大柄が入り口の自動ドアをぶち抜いて吹き飛ぶ。それでもフルフェイスをかぶってる為か、かすかに意識はあるようだ。『助けてくれ』と、逃げだそうと必死に地面を這いずる。

「てめー仲間を置いて逃げる気かよ！」

　ムカついてその背中を思い切り踏みつけた。『勘弁してくれ』と必死に頼み込む大柄だが、俺は許す気はない。その足を掴み取り、有無も言わさず店内に引きずっていく。

「そいつを放せ！」

　チビが腰の位置にナイフを構え、低い軌道で突進を開始してきた。

「忘れてたぜ。雑魚が一匹、残ってたのをよ」

　俺は大柄の身体を無造作に投げ捨てた。

「悪いが死んどけ！」

　そして襲い掛かるチビの顔面にカウンター気味の右ストレートを打ち込んだ。

　チビの顔面がゴムマリのようにひしゃげる。声もなく膝を折り、ズルズルと崩れ落ちた。

「へっ、これでゴミの清掃終了ってか」

　こうして馬鹿な強盗団は始末した。これで一件落着だ。このレベルの相手、俺様からすればどうってことねーんだ。メンドーなトラブルさえなけりゃ楽勝だ。

　それでも辺りに漂うのは異様な空気。無事を祝うとか、歓喜の声を挙げるとか、そんな様子は微塵もない。

「シュウ、お前」

　モーリーのかすれる声が響いた。

「なんすか先輩？」

　俺は振り返り、奴を見つめた。奴の視線は俺の腕辺りに注がれている。よく見れば俺の左腕に、ぷらぷらとナイフが突き刺さっている。どうやらチビとの乱闘で刺されていたらしい。

「ああ、これっすか。掠り傷だ、ツバ付けりゃ治る」

　それでも俺は気にしない。実際痛みはそれほど感じなかった。薄皮一枚で凌《しの》いでいたし、溢れるアドレナリンが痛みを麻痺させていたから。

　あっさりとそのナイフを引き抜く。かすかに血が滴り、床を赤く染め抜いた。

　同時にドスッというなにかが倒れるような音が響いた。

　不思議に思って視線を向けた。そこに映りこむのは床に倒れ込む女の姿。

「おっとヤベー」

　それで我に帰った。

　俺はたまに怒りで我を忘れることがある。戦いを本望とする修羅の狂気だ。血が乾き、戦いを欲する。痛みさえものともせず、滅びのままに駆け抜ける。

　そしてその先に待ち構えるのはふたつの選択肢しかない。全てを滅ぼして、自滅する破壊神の道か、全ての頂点に君臨する、統治者の道か。

　だがここ最近、そんな感情は封印していたつもりだった。あの通り魔事件以来、久々の感情だ。

「まったく、調子が狂うな」

　ボソッと呟き、左腕の血を舌で舐め取る。そしてゆっくりと女に歩み寄った。

「多分、シュウ……さんの血を見て、気絶したんだよ」

　モーリーが言った。

　それには俺も同感するしかない。こんな世間知らずな女が、いきなり修羅場に巻き込まれちゃ堪らないだろう。

　女の呼吸は正常だ、ただ気絶しているだけらしい。あどけない顔でスヤスヤと寝息をしている。あんなにハチャメチャな奴だったが、こうして見ると平和そのもので、俺の熱い血を鎮《しず》めるような感覚さえ覚えてくる。

「先輩は警察と救急車、手配して下さい。俺はこいつら縛って、この女の看護してますから」

「分かったよ。その子にイタズラすんなよ。……シュウ……さん」

　渋々立ち上がるモーリー。てめーじゃねーんだ、んなことするか。いつまでも敬語だし。

「あーあ。店がメチャクチャだ。こりゃー弁償だな」

　しかもボソッと呟いた。

　言っとくがそのドア、元々壊れてたんだ。この際だ、陳列棚もぐちゃぐちゃになった商品も、全部強盗の仕業にしてやる。

　そう思って何気に外に視線を向けた。

　窓の外で、男がチラチラ動いている。見た面だ、さっきのエロメガネだ。しきりにメガネのフレームを右手で押さえ、呆気に取られたように口を大きく空けてる。

　おそらく三度《みたび》エロ本漁りに来たんだろう。だが店内の状況を見て愕然となった。そんな具合だ。

「派手にやったものだな」

　そのとき突然、後方から第三者の声が響いた。

「……え」

　刹那、後頭部に激しい痛みが走った。同時に記憶がおぼろげになっていく。

　薄れゆく意識の中、視界に映ったのはドカドカと店になだれ込む数人の人影だった。