愛と修羅な人生 ～俺様修羅と天使なあいつの物語～

第一章 悪夢の契約

来店 強盗団御一行

　そう実感して、店の入口に視線を向けた。

いつの間にかそこには、新しい客が来店してた。予測通り、呆然とこっちを見つめてる。

「客っすよ、先輩」

　俺はモーリーに耳打ちする。

「おっとミミちゃんからだ」

　しかしモーリーは上の空。スマホの画面をにやけながら見つめて、奥の部屋に消えていく。どうやら仮想《ハッタリ》空間に召還されたらしい。ホント使えない奴だ。仕方ない、ここは俺が対応するしかない。

「いらっしゃい……」

　だけど挨拶しようとして呆気に取られた。入店してきたのは異様な風貌《ふうぼう》の三人組。野球帽とサングラスで顔を隠したやせ形の男と、真っ黒なフルフェイスをかぶった大柄な男。それと頭からすっぽりと目だし帽をかぶったチビ。『最近風邪気味で』とか『俺のバイク、おニューだぜ。ヘルメットは中古品』とか『顔を隠さなきゃ、コンビにも行けない』とか、言い訳がましい台詞を吐いているが、完全に怪し過ぎる。どこからどう見たって強盗の類だ。

「やはりコンビニって凄いのですね。沢山の商品が並べられています」

　しかし女はその状況を全く理解してない。呆れるぐらい輝かしい笑顔を見せて、俺に喋り掛けている。なんなんだっての、コンビニがそれほど珍しいか。

　まぁ、このコンビニ限定なら、かなり珍しいが。

　そんな俺らを他所《よそ》に、男達は雑誌コーナーに進む。どうやら死角をついて、作戦でも練ろうとしてるらしい。

　だけど地の利はこっちにある。なんせ防犯モニターで丸見え状態。それも知らずに、奴らは互いに視線を合わせヒソヒソと打ち合わせしている。

「先輩」

「シュウさんお静かに。いまミミちゃんにメールしてるんだから」

　俺の問いかけを無視してモーリーは仮想《メール》に夢中。つまりこいつは完全に戦力外。元々あてにもしてねー。

　因みにミミってのはモーリーの彼女の名前らしい。っても普通の彼女じゃない。メイドカフェの店員、モーリーの一方的な妄想。

　こうして俺は、場の状況をひとつずつ把握していく。この場の主導権を握る必要があった。

　古今東西、それを手中に納めた奴が勝利してる。先ずは見極めるんだ、戦ってのはいきなり始まらない。最初は仕手戦《してせん》、静かなる戦い。

　チビとやせ形が、こっちに向かってゆっくりと歩き出す。残る大柄は入り口付近に足を向ける。さしずめ見張り役と実行役って構図だろう。

「このお醤油は、明日のお弁当の為に必要で」

　女はまだひとりで会話を続けてる。どうやらこいつも現状を理解していない。このままじゃ邪魔になることは必至だ。

「こっちに来てな」

　そう思って女の肩を掴んでレジ側に引き寄せた。それに呼応して、ネコが肉マンのショーケースの上に飛び乗った。

「あ、あなたのお名前は？　私は……」

　ハッと息を吐く女。瞳をキラキラさせて俺を見つめる。混じりっけない澄んだ瞳だ、油断すれば吸い込まれそうな危険を覚える。

　それを遮るように視界で鈍い輝きが閃《ひらめ》いた。

「金！」

　それはナイフだ。チビが目の前にナイフをかざしたんだ。

　だが俺は動じない。

「金ってなんすか？　商品はお買い上げ頂けないんでしょうか？」

　こいつらが強盗なのは間違いない、最後通告の意味も含めて問い質す。

「金ったら、金だよ小僧！　こいつが見えないのか？！」

　しかしチビも一向に引かない。ナイフをチラつかせ大声で叫ぶ。

　そのやり取りでモーリーもやっと事態を理解したようだ。蒼白になって奥の席から立ち上がった。

　実際この男、ミミに夢中になりすぎだ。目の前にある防犯モニターの意味がねーっての。

「客、じゃねーんだな！」

　俺は吠えた。ぐっと気合いを籠めて戦闘体勢をとる。

「こいつはオモチャじゃねーぞ！」

　ナイフの軌道が俺の首筋を狙う。俺は右に身を逸らし、それをあっさりとかわす。その反動でチビはよろめいてレジに胸を打ち付けた。

「なんだてめー、ナイフも使えねーのか。腰が入ってねーんだよ」

　俺はその背中を押さえ捲くし立てる。

　カエルの潰れたようなチビの悲鳴が響き渡る、その様子を残りの強盗が愕然と見つめてる。呆気なくチビが捕まったことで、流石に困惑しているようだ。

「こいつは頼みます」

　俺は奴らを睨んだまま、モーリーに伝えた。この勢いで残りの強盗も一気に始末してやる。

「……先輩？」

　だがモーリーの動きは超スローだ。何故か呆然と、別な方向を見つめてる。

　つられて俺も視線を向けた、そして絶句した。

　視線に飛び込んだのは、床を転がっていく醤油のペットボトルの姿だった。あろうことかそれを女が低い体勢で、両手をかざして追いかけている。

　流石に目を疑った。おいおい、おめーはなにしてるんだ。ウサギを追って、穴ぐらに飛び込むアリスなのか？　そんなんじゃ不思議の国に迷い込んじまうぞ。

「つかまった」

「つかまえた！」

　意気揚々と醤油を拾い上げる女。だがその身柄をやせ形に押さえられた。

「えっ、どうしたのです？」

「逃がさねーぞ！」

　小柄な体をねじらせ反抗するが、成す術無く後ろ手を取られた。

「仲間を解放しろ。妙な真似すると、こいつの安全は保証しねー！」

　響き渡るやせ形の怒号。懐からナイフを取り出し女の首筋にかざした。

　モーリーは素直なぐらいあっけなくチビの背中から離れ、壁際に張り付いた。

　こうして主導権は完全に奪われた。

「てめー卑怯だぞ、女を放せ！」

「馬鹿だろお前。そんなこと言われて放す馬鹿がどこにいる」

　虚しさが込み上げる。悔しさに唇を噛み締めた。人質を取られた状態じゃ、いくら俺でも太刀打ちできない。握り締めた拳を静かに下ろした。

　やけに静かだ。店の外は、一向に走る車の姿も見えない。時折風が嘶《いなな》き、ゴオーという低い音を響かせている。それが無性に耳障りに思えた。

　チビはその様子を見つめ、安心したようにホッと胸を撫で下ろす。「邪魔だ」と、俺を押し退けて、堂々とレジに侵入すると、怯えて這いつくばるモーリーを尻目に、悠々とレジから現金を抜いていく。金額にして数万円、俺のバイト代の何時間分だっての。

　とにかくどうにかしないと。問題は人質を捕られていることだ。その状況下、「お話は終わってないんです」とかって、女は必死に藻掻いている。実際分かってんのか、お前は人質なんだぞ、相手を刺激するなっての。

　人質さえいなければ、こんな奴らソッコー返り討ちなんだ。なんかのきっかけでもあれば……

「ミャァ！」

　そのとき突然、ネコが飛んだ。そしてやせ形の頭に飛び降りる。

　その行為に慌ててふためくやせ形。うっ、と息を吐き、女を握る腕を放した。

「いいぞリキ！　女、お前も早く逃げるんだ！」

　俺は言った。流石に呆れた展開だが、まさに千載一遇のチャンス。女がこのまま逃げてくれれば、再び俺達に有利な状態になる。

　だがそんな望みは虚しいだけだ。

「こういうことは犯罪というのですよ。警察《でこすけ》さんに捕まりますから止めた方がよろしいと思います」

　女は男達が強盗団だってことをまったく理解してなかった。相手を心配して心から注意している。

　誰もが戸惑い立ち尽くす。女の天然ぶりにも戸惑うが、危険きわまりない業界用語にも度肝を抜かれた。……普通デコスケなんて言葉、パンピーなら使わねーぞ。

　やせ形の口元に笑みが浮かぶ。

「警察が怖くて、こんなことやるか。俺達は犯罪者、連続コンビニ強盗団なんだよ！」

　意気揚々と女目掛けて腕を伸ばす。

「まさか、本当の強盗さんなのですか」

　女の表情から血の気が引く。流石に事態を理解したらしい。

「日本刀《ヤッパ》や拳銃《チャカ》で武装しているのですか！」

　眼を閉じて、恐怖に戦《おのの》くように腕を振り払う。勢い余ってやせ形の頬をひっぱたいた。

　場が沈黙に包まれた。この場でいうことでもないが、女の攻撃は、護身術でも習ってんじゃないかっていうぐらい強烈なもの。

　それを如実《にょじつ》に表すように、やせ形の頬は真っ赤に腫れ上がりサングラスが外れかかっている。ハァハァと乱れた呼吸、真っ赤に染まる鬼の形相、血走った視線をぴくぴく動かす。

「女のくせに、俺に暴力を振るったな！」

　怒り狂ったようにナイフを手前に引き出した。本気で女を傷つけるつもりだ。女は微動だにしない。ただその場に立ち尽くすだけ。まさに絶体絶命のあり得ぬピンチ。

「逃げろって！」

　それを防ごうと俺はレジを飛び越えた。それでも絶対的な距離が違う。制御に入るより先に、ナイフが女に突き刺さるのは明白。

　響き渡る、グサッ、という鈍い衝撃音。視線に映るのは宙を舞うどす黒い液体。

　よたよたと後ずさるやせ形。その顔にはポツリポツリと黒いシミが浮かんでいる。

　女はレジカウンターに背を預けて座り込んでた。白いコートの胸元が黒く染まっていく。ハァハァと白い吐息をはきだして、なにもない宙を見つめていた。