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うるさい奴ら



 それから三十分程が過ぎた。


「太助くん、お待たせ」

 挨拶と共に女が入店してくる。少しぽっちゃりした、(ほが)らかな笑顔の女。太助の待ち合わせ相手、春菜(はるな)だ。ピンク色のひらひらの衣服を着込み、赤いコートを羽織ってる。何故か俺に向けて恐縮そうに一礼すると太助の方に歩き出す。


 その後方からはもうひとり。メガネ姿に左右で結ったおさげ髪、着込むのは黒一色の衣服。名前は原田真優(はらだ まゆ)。見た目通りあまり目立たない優等生レベルの女。


「このドア、壊れてるよね。シュウが壊したのかな」

 抑揚(よくよう)ない台詞で、明らかな嫌みを言い放つ。相変わらず俺様に対しては大胆だ。


 そうだよ俺様がぶち壊した。ガムテープで直したものの、ガラスのパーツが足りない。だから開いた下の空間から冷たい冷気が流れてくる。とはいえモーリーの軽い口は防いでるから、オーナーへの情報漏洩は無いだろ。



「ごめんなさい、マリアちゃんとクラス委員の用事してて、遅れちゃった」

「マリアちゃんって、あのマリアちゃん?」

「ええ、彼女、自ら立候補して」

「へー、転校早々なのに偉いね」

「とてもいい子よ」

「真優も一緒だったんだ」

「ここに来る途中で、頼まれて」

「ごめんなさいね。忙しいのに」

 そして雑誌コーナーに進むと、太助と和やかに会話する。

 一弥は淡々とエロ本に視線を落とすをだけ。女共には見向きもしない。

 それとさっきのメガネだが、少し前に再び来店してた。

 さっきと違って達観したようなすっきりした表情。遠目で見ると、淡々とビジネス雑誌に視線を落とすインテリにさえ見える。

 だが、読んでるのはやはりエロ本だ。何故かムカつくから追い出してやろうと思うが、今回も来店時に商品を購入してる。ビジネスマンなんかが飲む精力剤だ。つまりその時点で客だ。暫く我慢するしかないだろう。



「また邪魔な客が来たな」

 無邪気に会話する太助達を見つめ、モーリーがぼそりと呟く。

「いいじゃねーっすか、肉マン買うっていうし」

 いちいち奴の愚痴を聞きたくはない。適当にあしらってやった。


 そんな俺らの思いも知らず、三人は会話を続ける。『山手に住むお嬢様』だとか『十六歳になったら自分の力だけで一年間生活する』だとか、俺にはさっぱり理解不能な会話だ。

 実際あいつら、なんの為にここに来た。肉マンはいつ買うんだ。既に三十分は駄弁(だべ)ってんぞ。


「おい、シュウ」

 その状況に堪り兼ねたか、モーリーが言った。

「うっす、先輩」

 仕方なく動き出す。ドアをぶち壊したばかりだ、俺はしばらく奴の奴隷。


「てめーら、ここは幼稚園じゃねーんだぞ。買い物したら、さっさと帰れ」

 雑誌コーナーに進み、拳を握り締めて通達する。


 太助と真優は、俺様と同じクラスだ。席も近いから仕方なく喋ってやったりもする、心の広い俺様の情けって奴だ。

 なのにこいつら、こっちが優しくしてやればつけあがる。最近じゃ俺様の制御も無視して、ガヤガヤ会話を繰り出す始末。あれじゃまるで幼稚園だ。少しぐらい強く言う必要があった。


「殴らないで!」

 そのひきつったような声に、俺は視線を向ける。

 声の主は春菜だ。あたふたと後退り、俺に対して何度も頭を下げる。その様子はまるで子ウサギ。さしずめ俺は、腹を空かせた狼、って寸法だ。

 惣菜を吟味してたサラリーマンの腕が止まる。入店してきた女子高生がそれを見て『さいあく』と言って逃げていく。メガネはテンパった様子だ。あんぐり口を開けてる。


 全ての視線を一身に浴び、俺は考える。この女、誰かが流したデマに踊らされてんだろう。

 ガッコーじゃ、俺様の様々なデマが流れてるんだ。その多くは馬鹿なヤンキーが流したものだ。喧嘩じゃ俺様に勝てないから、悔し紛れにやってるんだ。

 こんなデマに踊らされるから、女は面倒なんだ。喜怒哀楽が激しくて、デマや外見に振り回される。そのくせ別な場所じゃ、心が大切とか言う始末。


「シュウダメだよ、春菜ちゃんはシュウが恐いんだから。だから私が付き合ったんだよ」

「そうなの、春菜? だったら別な場所で待ち合わせすれば良かったね」

 真優と太助の覚めた視線が突き刺さる。


「シュウ、さっきから行ったり来たりでなにがしたいんだ?」

 一弥も怪訝そうな表情。モーリーの命令だとは、口が裂けても言えない。俺様のプライドがそれを許さない。それにその事実を知れば、一弥はモーリーをぶん殴る、それも困る。



「とにかく春菜ちゃん、シュウは女は殴らないよ。私だって、殴られたことないし」

「そうだよ春菜。シュウは恐いけど悪魔じゃない」

「そうなの?」

 かくして真優と太助が(なだ)めて、春菜は落ち着きを取り戻す。


 俺は握った拳を振り落とした。

「まぁ、おめーはいいんだ。客だろ、肉マン買ってくれる」

 ピクピクと浮き立つ青筋を隠し、爽やかなイケメン風に春菜に言った。確かに俺様は、この手のパンピー、よほどの理由がない限り殴らない。全てはポリシーの問題だ。それに俺様のムカつきの原因は他にある。



「どっちかって言えば、シュウが幼稚園レベルよね」

「あはは、シュウ恐いね」

 他人事に言い放つこの二人、こいつらが全てのムカつきの原因だ。


「ごめんなさいね。シュウくん、このコンビニでいつも怖そうだから。この前も店に侵入した野良犬と噛み合いしてたし、私のクラスの山口くんとも喧嘩してたから。だけどシュウくんが正しいのかも。危険な野良犬やいじめっ子を、真っ当な道に更正してるのよね」

 春菜の方も少しばかり落ち着きを取り戻したらしい。自分に言い聞かせるように言い放つ。


「まぁ、人は見た目じゃねーからな」

 どうやらこの女、デマに踊らされた訳じゃないらしい、全部ホントーだ。真実を見抜く目はあるらしい。


 確かにあの野良犬は、近所のガキに怪我させて、ここに侵入してきた。だから排除した。いじめっ子の山口は、俺様の面を見て、へらっと笑ったから、そのまま追い掛けて半殺しした。野郎、仲間十数人集めて、俺様を襲撃しようと画策(かくさく)してたらしい。


 とにかくこうして、俺様のあらぬ疑いは晴れた。



「それよりおめーら、さっきからなんの話してんだ」

 話を誤魔化そうと、話題を振る。実際少しだけ興味あった。


「マリアちゃんのことだよ」

 答える太助。

「誰だそれ?」

 俺は頭を傾げる。訊き覚えない名前だ。


「A組の転校生だ。シュウお前、数日前に邪魔な高級車があった、って言ってただろ。その転校生の車だ」

 一弥が言った。


「あのガラの悪いオッサンが運転する高級車か」

 それで思い出した。数日前のことだ。俺らが通うガッコーの目の前に、高級車が停めてあったんだ。おいおい、ここは天下の通学路だぞ、学生である俺らのモノだ、ってのに堂々と。

 それを運転してたのは、目付きの悪いデカいオッサンだった。とはいえその手のオッサン、どこにでもいる。週末の夜ともなると、この店にもいっぱい来店する。この近辺にヤクザの事務所があるからだ。

俺が覚えていた理由は、他にあるんだ。それはあの時の匂い。何故だかその周りだけ、いい匂いしてたんだ。



「だけどあの日シュウは遅刻したよね。朝はそんな車、なかったよ」

 真優が言った。

「どっちかっていうと、シュウの歩き方がいけないんだよ。肩で風切って、がに股だから」

 調子付く太助。

「おめーら、張っ倒すぞ」

 言われてみればその通りだ。俺が登校したのは昼過ぎ。前の晩、ゲームに()まって昼まで寝てた。どうりで歩きやすいと感じた。

「そう言えばクラスの奴らも騒いでたな。転校生がどうとか」

 だけどそれで合点がいった。クラスの野郎達が、ウチのガッコーに転校生が入ったらしい、って話してたのを思い出した。『マジかわいい』『絶世の美人だ』なんて言ってやがった。

だけど俺様からすれば、転校生ってのはトラブルの種だ。実際このガッコー、転校してくる奴は殆ど俺様のライバル。どこどこを占めてたヤンキーだとか俺の首を狙う組関者とか、災いの火種を含んでいる。だが幸いなことに今回の転校生は女らしい。だから俺様には関係ない。



「だけど流石はシュウだね。あの転校生に、少しも興味ないなんて」

「いいべよ別に。俺様の平穏が無事ならカンケーねー」

 そんな会話を繰り出す俺達を太助は目を丸くして見つめる。


「もしかしてシュウ、マリアちゃんを見たことないの?」

 何故か哀れむような口調だ。馬鹿な太助のことだ。女に対して、全然恐怖を感じないんだろう。


「おう、俺様は女などに興味はない」

 堪らず言い放つ。実際女なんか全否定。俺様は自分で言うのもなんだか、中々のかっこよさを誇る。だから数人の女に告白されたこともある。もちろんソッコーで断ってやった。

 さっきも言ったが、女なんかトラブルの元。子孫繁栄を求めるなら、その行為をすればいいだけ。それに行き当たるまでの行為なんか虚しいだけだ。



「だって、シュウも一目見れば気に入るって」

 そんな俺の思いも知らず、太助はニタニタとにやけた面を見せる。この男、恋に恋焦がれるタイプ。ガッコー中の、誰と誰が付き合ってるとか、一番人気は誰だとか、そんなことばかり気にしてる。それ故ついた渾名あだなはスポークスマン。勉強そっちのけで、諜報活動に勤しんでる。


「ねぇ、真優だってそう思うだろ?」

「でもシュウは太助や一弥の方がお気に入りなんじゃない」

 太助の問いかけに、真優が答える。しかも冷静に分析して大胆な発言。

「おめー、相変わらす大胆な発言だな。俺様は男も嫌いだ」

 すかさず反論した。だが太助はへらへらと笑顔。一弥の野郎も、微かに苦笑してる。まるで真優の台詞を肯定するように。


「でも太助の話も嘘じゃないよ。女の私が見ても可愛い子だもん」


 俺は適当に相づちを打った。真優がそういうぐらいだから、その噂は本当だろう。


「彼女、お嬢様なのに独り暮らししてるんですよ。なんでもお家の"オキテ"で、十六歳になったら独り暮らしするみたいで」

 今度は春菜が言った。こいつは転校生と同じA組だ。だから知ってるんだろう。



 だけど可愛いとかお嬢様ってキーワードも、少しだけ戸惑いを覚える。いつの世も男が争うのは、なにかを求めてだ。権力や名声、富とか財産を賭けて。そしてその中には女も含まれる。実際、そんな修羅場、幾度となく見てきた。


 やっぱり関わり合いにはなりたくない。女の修羅場は得るものなどない泥沼地獄だから。不幸や災難なんて、マジ勘弁して欲しい。

 そう思ってふと考えた。……災難? どこかで訊いたな……



「シュウ」

 そのモーリーの一言でハッと我に返った。どうやら俺に対し、早くしろとの合図だろう。真優と春菜もその様子に気づく。

「 そろそろ行こうか」

「そうだね」

 言って、肉マンを買って、太助を従え消えて行った。



 その後ろ姿を何かを言いたげに見つめるモーリー。だが一弥が睨み付けている事に気付き、さっと逸らす。一弥の奴も、影で俺様を操る存在に気づいたらしい。



「シュウ、もうちょっとバイトできるか? 鈴木さん、所要で遅れるって」

 レジカウンターの影で言い放つモーリー。その額から一筋の汗が滴る。奴を恐怖に叩き落とすのは一弥の放つ覇気。恐ろしい威圧感に怯えている。


「まぁ、少しなら」

 俺は一緒に座って頷いた。鈴木ってのは、俺と入れ替わりに来る店員のこと。所要があるなら仕方ない。夜中のシフトはいくらか儲かるし。


「あのヤンキー、まだ睨んでるか」

 モーリーが言った。

「シュウ、バイト長引くのか?」

 その直後、頭上から一弥の声が響いた。

「ああ、遅くなっから、おめーは帰れ」

 俺は上を見つめ言い放つ。いつの間にか一弥はレジカウンターから中を覗き込んでいた。


 モーリーは完全に電池切れだ。ガクガク震えその場から動かない。まさに無様な姿だ。一弥の的確な判断が、こいつを地獄に突き落とした。この手の小者、殴るより無言で追い込む方が効果はある。暫くは自らの行いを反省しおとなしくなるだろう。


「じゃあ、また明日な」

 こうして一弥も、エロ本を買って夜の街に消えて行ったんだ。


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