悪夢の契約
オーク学園は元々県下でも指折りの進学校だったんだが、理事長の方針転換により、事態は急展開する。極悪なヤンキーや、化け物染みたオタクが集まる場所になったんだ。それを仕切る為に教師も武装化した。
その要因のひとつは、実は俺様なんだ。トラブル続きの修羅な宿命が、凶悪な奴らを呼んだ。
とは言え今では、落ち着きを取り戻してる。
濁流だって、いつまでも荒れてる訳じゃない。高き所から流れて大洋に至れば、平静を取り戻すのが常だ。
入学当初こそ激しい争いが勃発していたが、永き抗争の果てに一応の落ち着きは取り戻してる。とは言えそれも表面上のこと。過去の火種がくすぶってるのも事実。
「だったら別なガッコーに転校させりゃいいだろ、それだけの問題だ」
俺は言った。確かにウチのガッコー、とんでもない奴らばかりだ。だけど他人に言われると、やっぱりムカつく。太助や真優のようなパンピーも大勢いるし。
「それが出来れば、どんなにいいか」
オッサンが呟いた。どこかもどかしいような、ままならない感情に満ちた台詞だ。
「何故、出来ねーんだ?」
「詳しくは言えないが、会社の為じゃ。いまさら他の学校には転校させられん」
「だったら今日みたいに、ずっと監視していけばいいだろ」
俺は立ち上がった。そして入り口へと足を進める。結局こいつ、俺様を拉致って、娘の自慢話してるだけじゃん。実際俺には関係ない。
そう思うと、あくびが出てくる。時刻は午前三時。この分じゃ明日は遅刻だ。とは言えどうせ午前中は寝てる予定だった、どうせ同じこと。
「じゃから貴様を連れてきたんじゃ」
その背中にオッサンが投げ掛けた。
「なんだと?」
俺は意味が判らず立ち止まり、振り返る。
「マリアの警護を、我々がいつまでもしてはおれんのじゃ。目立つし、娘にも気付かれる。第一、いちいちワシらが校内に介入する訳にもいかん」
そりゃそうだ。授業参観じゃあるまいし、保護者が校内をうろつくなんて滅多にない。しかも血縁ゼロなら逮捕モンだ。
煙草をくわえて、差し出す火を点けるオッサン。
「だから同じオーク学園の生徒を調べていたのじゃ。シュウ、お前は素晴らしい。その腕力といい体力といい内なる統率力といい完璧だ。なにより女嫌いなところが気に入った」
「女嫌いが気に入ったって、どういう意味だ?」
「お前ならマリアを口説く真似などせずに、あの娘の警護が出来るじゃろ。じゃから相応しい。どうだ引き受けてくれんか?」
「つまり俺様に、あの娘の警護を頼んでるのか」
その問い掛けに頷くオッサン。つまり俺が女嫌いだから、あいつの警護をさせようと、俺を拉致った。そういうことだろう。
「冗談やめてくれ。俺様はそれほど暇じゃねー。女の警護など馬鹿らしくて出来るか」
俺はそれを全否定する。 納得するからこそ引き受ける訳にはいかねー。俺様は孤高なる修羅だ、そんな馬鹿らしい依頼は間違っても引き受けない。俺のプライドがそういってる。
暫しの沈黙がある。オッサンが煙草を灰皿に揉み消した。
「バイトをクビになってもいいのか?」
そして放たれる有り得ない台詞。
「なんじゃそれは」
「一応教えておくが、貴様のバイトするコンビニ、我がミカドグループの系列店なのだ。じゃからあの店員もワシの話に乗った。経営陣の意見は聞く。社会の鉄則じゃ」
そして愕然となった。そう言えばあのコンビニ、ホワイトキャッスルグループって名称だ。直訳すると白城じゃねーか。そう思うとモーリーの行動も納得する。奴はなんの役にもたたない底辺の平社員のくせに、ホワイトキャッスルグループの構成に詳しい。つまり奴は、このオッサンのツラを知ってる。能力ない奴でも上の覚えがよければ出世するから。
頭のいいデキスギより、要領のいいスネオが出世する社会。さしずめ俺はかわいそうなノビタってパターン。実際ネコ型ロボットもいないし……
「ふざけんな。てめーの娘の警護と、俺様のクビ、なにがカンケーある。言いがかりは勘弁してくれ」
それでも俺は反論する。いくら偉いからって、そんなことでクビになるなんて冗談じゃない。特権乱用もいいとこだ。
それでもオッサンは冷静。
「あのコンビニ、恐ろしく金が掛かるんじゃ。強盗事件が多発したり、万引き犯も多い。暴走族は襲撃する、ヤクザの発砲事件もあった。野良犬も飛び込む。定例会議でも問題視されとるんじゃ『あんな店、閉店させろ』と」
「あれはあれだ。俺様のせいじゃない」
「もちろんそれは仕方ない。あの辺の治安が悪いからな。じゃが問題はその解決方法、強盗を反撃して、陳列棚をなぎ倒したり、ちんけな万引き犯を全治数ヵ月にしたり、ヤクザの拳銃奪ってこめかみに突き付けたり、とにかく店がめちゃくちゃ。確かに、あれならおとなしく被害にあった方がマシだ」
そして俺は沈黙した。確かにあのコンビニ、毎日なにかしらのドラフトがおこる。その全ては俺様自ら解決してる。だけど結果店はめちゃくちや。
その責任をモーリーは全て俺様のせいにする。おとなしく警察呼べば良かったとか、たかだか数百円の万引きに目くじら立てるなとか、犯人が可哀想だとか。
確かにそれも一理ある。だけど仕方ないだろ、俺様の宿命なんだから。 ……とは言えそんなこと大声じゃ言えない。
「どうやら納得してくれたようじゃな」
俺が黙ってることを、納得したと捉えたか、オッサンが言った。
「もちろん貴様ひとりで、とは言わない」
首をくるりと回して、後方の男に目配せする。「総一郎を呼べ」
それに促され、男がドアを開ける。
「えへへ、失礼しますよ」
こうして現れたのは、あの時のエロメガネだった。右手で後頭部を押さえ、へらへらと笑みを浮かべている。
「元々貴様を調べていたのはこの男なんだ」
オッサンが言った。
「貴様に依頼する前は、マリアの警護もしとった。現にさっきまでもマリアの警護をしとった。こいつが連絡くれたから、ワシらはいち早く駆け付けたのじゃ」
「はぁ、こいつが?」
俺は堪らず言い放つ。
「それは嘘だ。だってこいつ、ずっとあのコンビニでエロ本読んでたんだぜ。しかもあの女が来たときには、居なかったじゃんか」
あっさりと、こいつの悪行を暴露してやった。
その一言でエロメガネの顔色が変わる。
「それは言っちゃダメだよ」
慌てて言い放つ。
「エロ本じゃと?」
同じく顔色を変えるオッサン。
「貴様、マリアの警護をしてたんじゃないのか? ワシがどれだけ貴様を信頼しとると思ってるんじゃ!」
今にも襲い掛かりそうな勢いで捲し立てる。
「ヤダな、ボス。怒んないで下さいよ」
「いや、貴様は常日頃からエロ本を読んでばかりで、ワシも少しばかり説教してやろうと思っていたんじゃ」
こうしてオッサンは、エロメガネに淡々と説教し始める。
「ちょっと、黒瀬くん」
エロメガネは、助けて、とばかりに俺を見つめる。
しかし俺様は動かない。ソファーにふんぞり返り、シカトをかます。
このエロメガネ、今日1日ずっとムカついてたんだ。少しばかり怒られて、反省すればいい。ついでに契約の件も、うやむやになっちまえばいい。
「分かったよ、黒瀬くん。キミはなにも言わなくていいさ」
観念したように言い放つエロメガネ。
言われなくとも加勢する気はさらさらないっての。
視線の端でエロメガネが向き直った。
「もう、ボスったら。確かにエロ本読んでましたよ、仕事の息抜きで。だけど単なるエロ本じゃないっすか」
「単なるエロ本?」
戸惑うように響くオッサンの声。
……なんだ、この問答。俺は少しばかり不安を覚えて視線を向けてる。
エロメガネの口元には、軽薄そうな笑みが浮かんでいた。
「だってエロ本は悪くないんだから」
言って周りの男達をぐるりと見回す。
「皆さんだって、エロ本読みますよね。それじゃ訊きますよ。この中でエロ本読まない人」
挙手を求めるように右手を挙げた。
しかし誰も手を挙げることはない。「そりゃーエロ本ぐらいはな」「若い頃は暇さえあれば見てたな」顔を赤らめ、和やかな会話に興じるだけ。
なんだよこの空気感。話があらぬ方向に行ってないか?
俺はシカトを決め込んだ手前、呆然とそのやり取りを見つめるだけだ。
「ボスだってエロ本ぐらい読むでしょ? 健全な男なんだから」
「まぁ、それはな」
「そもそもエロ本に、罪はないじゃないっすか」
「大袈裟な言い回しじゃな」
「それにボスだって、エロいじゃないっすか。愛ちゃん、いい感じなんでしょ?」
「お陰さまでもうひと押しなんじゃ」
「ボクが紹介したんだから、頑張って下さいね」
それは呆れるぐらい鮮やかで、あっという間の出来事だった。エロメガネはこうして、難をあっさりと逃れたんだ。
「それじゃボス、契約の話をどうぞ」
ご丁寧に、契約の話題を掘り返した。
「そうじゃな。つまらぬ脇道に逸れた」
微かに顔を赤らめ、ゴホンと咳払いするオッサン。「島木、契約書」
「おい、ちょっと待て、仕事をサボってた件は?」
「過ぎたことを言うでない」
戸惑う俺なんて、一切無視。
淡々とした流れと共に、島木がなにかをテーブルに差し出す。それは分厚い書類とむき出しの長ドス。
「この契約書を良く読んで、血判を捺すんじゃ。まずは明日から一人暮らししてもらう。もちろんそれなりのボーナスも支給する。それとじゃな……」
こうして悪夢の契約は淡々と進んでいく。
実際この総一郎って男、それだけ頼れる奴なのかよ。へらへらして、ただ単に要領がいいだけじゃないか?
それになんなんだよ、この契約書の細かい文字は。一枚に原稿用紙数枚分は詰め込んであんぞ。しかも数百枚、見てるだけで瞼が重くなる。
それと血判ってなんだ? 時代劇かヤクザ映画でしか見たことねーぞ。どのみち命のやり取りだ。
所詮この世はピラミッド社会。カースト制度には逆らえない。俺の上にモーリーがいて、その上にオーナー、更にてっぺんに君臨するのがオッサン。しょせん俺はその底辺を徘徊する奴隷だから。
世界は最悪だ。俺の意思と関係なく動き出す。その先に待ち構えているのが、更なる悪夢と分かってるのに。
第一章終わり。
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