温泉の町ハウザ
温泉に入りたい。
お客さんを乗せて飛び、お届けした先で新しいお客さんを探す。それが私の飛竜タクシーの基本的な営業活動だった。
そんな形態だから同じ場所を行ったり来たりすることもあれば、まったく知らない場所へ連続で向かうこともある。
決まった拠点のない個人経営だからこその気ままな商売だが、私やメルセデスにはこれが合っていた。
しかし、それが上手くいかないときは往々にしてある。
たとえばお客さんを降ろした先がすごい田舎だったときとかは旅人もあまり来ず、どこかへ行く用事のある人もいない。そんな土地ではさすがにお客さんを探すのを諦めて、どこか適当な場所へと飛ぶのが普通である。
今日はそんな日。
特に急ぐ必要もなくゆったりと飛ぶメルセデスの背で伸びをして、肩と首を回す。それだけでパキパキと音がして、疲労を自覚する。
とりあえず適当に飛びながら町でも探そうなどと無計画に出発してみたが、今日は天気もいいし、最近はずっと働いていたし、どうせ行くアテがないならお休みにしてもいいかなと思い直していた。
そして、じゃあどこに行くか、と考えたときに、ぱっと思いついたのが温泉だ。大好きだ。
「よし、メルセデス。今日の目的地はハウザだ」
声を掛けて、手綱を操る。メルセデスはクルルと上機嫌に鳴いて方向転換した。
ハウザというのは温泉が売りの観光地で、山に囲まれた交通の便の悪い場所にもかかわらず、旅人の多い土地である。
最近はあまり来ていなかったが、一時期はこの辺りが根城だったと言ってもいいくらいに仕事をしていた場所だ。お客さん多いし、温泉入れるし。
そんな土地だから、もはや勝手知ったるものである。
「いらっしゃいませー……あ、飛竜のおじさんじゃないですか!」
「やあ。またお世話になるよ、アニー」
だいたい一年ぶりくらいだろうか。いつも泊まらせてもらっていた宿屋に行くと、顔なじみの看板娘さんが迎えてくれた。前より背が伸びていて感慨深くなるな。
「お久しぶりです。またしばらくこの辺りにいてくれるんですか?」
「お客さん次第かな。近場の人を乗せれば戻って来るけど、遠くから来た人を乗せたらそのままそっちでお客さんを探すと思う」
「ああもう、前と同じ! じゃ、しばらく近場お客さんを紹介しますね!」
アニーがふくれっ面をして、それから快活に笑う。
この宿にとっては私自身がお客さんだし、他のお客さんを連れて来る人みたいな感じだからね。なるべく長くいてほしいのだろう。
私としても、わざわざお客さんを探さなくてもいいのは嬉しい。
「ハハハ。まあ、少しの間はこの辺りにいるよ。温泉を楽しみたいしね。すぐに入れる?」
「ええ、いつでも。でも、まずはお部屋にご案内しますね。お荷物置かなきゃですし」
看板娘のアニーに案内されて、二階の部屋に通される。
ハウザにはたくさんの温泉宿があるが、ここは落ち着いた雰囲気の老舗だった。最近は神様の像が並んでいたり、金箔の張られた湯船があったりと豪奢な雰囲気の湯もあって人気らしいが、私には合わない。やはり温泉はゆっくりと心を落ち着かせて入浴したい。
部屋も落ち着いた雰囲気で、以前と同じく建物は古びてはいるものの、掃除の手が行き届いてホコリ一つ無かった。
荷物を置いて、さっそく準備をして温泉へ向かう。廊下を歩く際にかすかな硫黄の臭いが漂ってきてソワソワした。久しぶりの温泉だから楽しみだ。
「っと、すみません」
浮かれて歩いていたからだろう。廊下の角で他の客とぶつかりそうなってしまって、慌てて避けて謝る。
相手はこの先の温泉から上がってきたばかりらしい、まだ肌が上気した女性で、思わず見とれてしまいそうな金髪が乾ききっていなかった。
「いや、こちらもすまなかった。湯が気持ちよすぎたせいで気が抜けていたようだ」
二十歳を過ぎたくらいの歳だろうか。女性は礼儀正しく謝罪を返し、にこやかに笑いかけてくる。
「これから入浴かな? ごゆっくり。良い湯を楽しまれてくれ」
「ありがとう。君も良い休養を」