上を見上げて
「いやぁ、楽しかったです。まさかあれほどアツいものだとは」
だいぶん暗くなってしまった道を歩きながら、私は未だ冷めやらぬ興奮を伝える。
最初は恐くて首を竦めていたが、中盤からは首ったけで観戦してしまった。
かなり激しくはあったが負傷するのが前提の競技だけあって、選手の方もそれに備えた訓練をしている。つまり受け身が上手いのだ。吹っ飛ばされても味方にボールをパスしながらクルリと回転し、ノータイムで立ち上がって走り出すプレイが出たときは会場中が沸いたほど。あんな鎧姿でどうしてあんな動きができるのか。
控えている回復魔法使いは非常に優秀なようだったし、思ったより酷い怪我人が出なかったのが楽しめた理由だろうか。
私には合わないと思っていたのに、次カルジュに来ることがあったらまた観たい、と思わされた。
「ふん。試合としてはイマイチじゃったがな。特にカルジュのリーダーが不甲斐ない」
「はは……まあ、あれは仕方がないですよ」
あのリーダーの奮闘もあって前半はリードしていたカルジュチームだったが、後半は徐々に追い上げられて、最終的には逆転されてしまったのだ。
理由は疲労で、彼の動きが鈍くなってしまったため。
「全身鎧で動き回るなんてそりゃあ大変でしょうからね。普通、疲れたらしばらく控えに戻って休むのでしょうが……」
回復魔法は怪我を治すだけではない。疲労を癒やす術もあると聞くから、ベンチに戻ればそれが受けられる。実際、両チームとも怪我をしていない者まで頻繁に人を入れ替えて休ませていたから、それが通常の戦略なのだろう。
しかし鎧が破損した彼は再入場できないから、コートに残るしかなかった。
「ただ、あれで最後まで試合に出続けたのはすごい気概ですよ。それに、彼がそれだけチームに頼りにされてるのも見ていて分かりましたしね」
「……ふん」
試合が終わり、私たちは都の外へと来ていた。すでに日は山間に落ちている。空はもうだいぶん夜色で、西だけが少しだけ紅を残していた。
せっかくカルジュまで来たというのに、お爺さんは一泊もせずに発つことを選んだ。
まあメルセデスは夜目も利くし、私も夜に飛ぶのは慣れている。だから問題ないのだが、こういうお客さんはちょっと珍しい。今帰っても着くのは夜遅い時間帯だから、泊まって朝早く出発でもいいと思うが……。
「人目もないですし、もうこの辺りでいいでしょう」
まあいいか、と私は懐から取り出した笛を吹く。お客さんの事情に深入りする気はない。
都を出てすぐの辺りだけれど、ご老人を歩かせるのも悪い。それに私は町中でメルセデスを呼んでビックリさせたり面倒なことになるのが嫌なだけなので、別に見られること自体はそんなに問題にしていないのだ。――でなきゃ、タクシー業なんてやってないし。
だから、油断した。
「親父!」
低く太い、どこかで聞いたような声が聞こえて、私たちは振り向く。都の方から一人の男性が走って来ているのが見えた。
一目で誰か分かった。兜も鎧も付けていないけれど、体格でもう分かる。あれほど恵まれた大きな体格は珍しい。
「えっと……」
「六番目の息子じゃ。兵士なんぞ向いとらんと言ったのじゃがな」
子だくさんだな……。だから今日の券も持ってたのか。
きっと券は毎試合分あるのだろう。たぶん息子さんが両親の分を送ってくれるのだ。……簡単には来られないと分かっていて、それでも親に観てほしいから。
彼は人気のプレイヤーだから、きっとそれくらいの収入はあるのだろう。いい息子さんだ。
「か、観客席にいるのが見えたよ、親父。おっ母は? せっかく来てくれたんだから、そんなに急いで帰ることないのに」
もの凄いスピードで走って来た彼……カルジュの都チームのリーダー君は、膝に手をついて息を切らしながらも矢継ぎ早に話す。券を送ったのが彼ならば、コートから親父さんを見つけるのは簡単だ。送った番号の席を見ればいい。
「あいつはお前が怪我するような試合は恐くて見れんとさ。フン、来なくて正解じゃったわ。せっかく来てやったというのに、情けなく負けおって」
「う……」
息子さんの顔が曇る。
せっかく父親と話したくて走って来たのだろうに、かわいそうに。
「昔っから図体ばかりデカくて気弱だったくせに、兵士になんぞなりよって、あげく見世物か」
「いや、あれは兵士としての訓練にもなってて……」
「じゃったら、なおさら負けるわけにはいかんじゃろうが。本当の戦争なら今頃この都は燃えとるぞ」
「うぐ……」
かわいそうに。
まあお爺さんの言うとおり本当の戦争だったら惨事ではあるのだけれど、競技なんて勝ったり負けたりは当たり前だ。さすがに酷ではないか。
さすがに彼のフォローをしようかな、と思ったところでお爺さんが口を開く。
「鎧はすぐに直るのか?」
「え、あ……うん。もう鍛冶師に手配してあるだろうから、次の試合までには」
「そうか」
バサリと翼の音がした。星明かりが陰る。
「いいか、お前は体格に頼りすぎだ。お前は母親に恵まれた身体をもらったが、世の中にはお前よりデカい相手などいくらでもいる。アレのようにな」
お爺さんが上を指さす。彼がその指の先を見上げて思わず悲鳴を上げた。
まあ、メルセデスは大きいよ。飛竜だし。
「あれが兵士の訓練だと言うのなら、都を守るために鍛えておると言うのなら、これを倒せるくらいに強くなれ。――そうすれば、どんな相手でも勝てるじゃろうよ」
ズン、と軽い地響きを鳴らしてメルセデスが着地する。会話の内容を理解しているのか、その瞳は息子さんに向けられた。……あ、いや分かってないな。ちょっと首を傾げている。彼にどう見えているか分からないけれど。
私はと言えば、とりあえず来てくれた相棒を労ってその胸をポンポン叩きながら、笑いを噛み殺すのに必死だった。
だってむちゃくちゃ言っている。そんなの、伝説の英雄クラスになれって言ってるようなものだし。
彼は間違いなく、今日の試合で一番の選手だった。チームは負けたけれど、試合を観ていた者たちなら満場一致でそう思うだろう。
だけど、それで満足してしまってはダメだ。仲間や運のせいにしてはダメだ。下ばかり見て満足するようになってはダメだ。上を見ろ、と。
まあ激励にしても上すぎると思うし、あと勝手にダシにしないでほしくはあるが。
まあいいか。
彼の表情が引き締める役にたてたのなら、水をさす気にはなれない。私も彼のファンなのだし。
「ほれ、なにをボサッとしておるタクシー屋。出立するぞ」
「もうよろしいので?」
「かまわん。辛気くさい負け犬の顔など見ておれん」
かわいそうに。
私はメルセデスの背に登って、お爺さんに手を貸す。シワだらけのゴツゴツとした手をしっかり握って引き上げる。
老齢なのに握力が強い。絶対に私よりも力があるだろう。さすがは彼の父親だ。
鞍に跨がってもらう。あとは安全のためにベルトを締めてもらえば、すぐに飛べる。
「……おい、次は四日後だったな?」
お爺さんの声は、飛竜と私たちを見上げる息子さんへ向けて。
「お……うん。四日後に王都チームと試合がある」
「そのときは母親も連れて来てやる。絶対に勝てよ」
お爺さんがベルトを絞めて、杖で私の背を軽く押す。私は苦笑しながら手綱を操る。
飛竜が飛び立つ。まだ返答もしていない戦球の選手をおいて、高く、高く。
満天の星空へ。
「お客さん」
「なんじゃ」
「その際は、ぜひ私の飛竜タクシーをご利用下さい」
ふん、と鼻で息を吐く音が聞こえて。
「次は奢らんぞ」
二客目、終幕ですね。いかがでしたでしょうか?
他の連載はと違って思いついた時に気が向いた分だけ書くと決めたので、書きためてから不定期更新していく予定です。