戦球
たまに、目的地の場所を案内してほしい、とお客さんに言われることはある。もちろん知っている場所ならできる限り案内するし、宿探しくらいは協力する。が、あまり深入りはしないのが流儀だった。
お客さんたちは目的を持って遠出しているのだから邪魔してはいけない。タクシーの役割は目的地に送り届けるところまで。
それがこの仕事を始めてからずっと守っていて、そしてこれからも続けていくスタイルだ。
なのに、なぜ私はスタジアムにいるのだろうか?
「入場用の木札は二人分あるんじゃがな。家内には恐いから見たくないと言われてしまったのだよ」
お爺さんが見せた木札を門番が確認して、スタジアムの中に入る。なるほど入場券が余っていたから、ついでで奢ってくれるということか。まあそれなら断る理由まではないか。
ところで私も恐いのですが。
「えーっと、たぶんこの辺り……ああ、こっちみたいですね」
木札に書かれていた席へ向かう。奢ってもらっている立場なので、席を探すのは私が率先してやった。まあこれくらいは請け負おう。
観客席はほとんど満員の賑わいを見せていて、人が多くて歩くのにも苦労する有様だった。それでもなんとかベンチに書かれた番号の並びを頼りに進む。
――そうして見つけた席は、まさかの最前列だった。
「ふん、それなりにいい席じゃの」
何度か木札と席の番号を見比べて間違いないことを確認してから、お爺さんに座ってもらう。それから私もその隣に座った。
この辺りでやっと私の中にも、この人は何者なのだろうか、という疑念が湧いてきてはいた。
身なりはそれなりにいいが、貴族や豪商という感じではない。歳のせいで背筋が曲がっているとは言え、日焼けした肌とゴツゴツした手は今も外で働く人間のものだろう。こんな一等席を気軽に買えるような人には見えないのだが。
……まあ、いいか。
疑念は首をもたげたが、興味があるかというとそうでもない。お客さんの事情にあまり踏み入る気はない。
「今日はカルジュの都が運営するチームと国境の町チームの試合らしいですね」
「国境のチームは関所を守る兵士が中心だ。カルジュのチームは領主が民間から募った私兵たちが選手をしておる。強いのは国境チームじゃな」
「詳しいですね」
「調べたからな」
木札を持っていたことからすでに分かっていたが、つまりこの人はスタジアムに来るためにカルジュの都へ来たのだろう。それは確定している。
ただそうなると、疑念というか、ハッキリとした疑問が出てくる。
――なぜこの人は、今日の入場券を持っていたのだろうか。
この人は偶然宿場町で見かけただけだ。飛竜タクシーでなければとても今日のこの試合には間に合わないはずだったのに、そんな試合のチケットをなぜ持っているのか。
「始まるぞ」
鐘が鳴らされ、試合場の両端にある門が上がっていく。
鎧を身につけた選手たちが入場する。
出場するのは一チーム十人。計二十人。
ベンチに待機する控えは十人。計四十人。
回復魔法を使えるらしき魔法使いがチームに二人ずつ。計四十四人。
試合は攻守が完全に分かれていて、攻撃チームは自チームのエムブレムが入ったボールを自陣から敵陣の最奥に運べば得点。防御側は相手チームのボールを奪うかボールを持った選手を地面に倒す、あるいはボールが地面に落ちれば攻守交代。
攻守交代時、攻撃チームのボールは一旦最後に選手が持っていた場所に置かれ、次の自チームの攻撃時はその場所から開始できる。
攻守交代時は、攻撃側の選手がボールを持つのが開始の合図であり、守備側のチームの準備が整うまで待つ必要はない。
相手チームに得点された場合、防御していた側のボールは自陣に戻される。
両チーム得点せずに攻守交代が一定数行われると、得点時の点数が高くなる。
ボールは旗と同じなので足蹴にしてはいけない。
相手の脚を攻撃してはいけない。拳で殴れるのは胸と腹のみ。タックルはいいが、投げ技はボールを持つ相手にしか使えない。
どちらかのチームが得点したとき以外に明確なインターバルはなく、基本的にタイムはない。
選手交代は、交代する選手がコートから退場することよって、別の選手が入場できるルールである。
よって、怪我などで自力で動けなくなった選手は他の選手が肩を貸して退場させるか、得点によるインターバルになるまで放置される。ただし攻守交代時、攻撃側のチームが速攻を選択しない場合は、ボールに触れないことで選手交代を優先できる。
地面に倒れた者を攻撃してはならないが、地面に倒れた者も攻撃をしてはいけない。
コートから退場すれば回復魔法の治療を受けることができるが、破損した鎧での再入場はできない。
――つまりはまあ、負傷者が出ること前提で、負傷者の出し方やその扱いまでルールで決められた、ガチで危険で激しい競技である。