カルジュの都へ
この世界だと移動手段は基本、歩きか馬、もしくは船だ。長距離を移動するなら長期間を見なければならない。
そして長旅は体力を必要とする。費用もかかる。旅の間は普段の仕事もできない。さらに野盗や魔物の危険もあるときた。
だからこの世界の人はそもそも、あんまり長距離を移動しない。
今回のお客さんも、目的地は近場だった。
「それで、どれくらいで着くんじゃ?」
飛竜の背の上で、お客さんに問いかけられる。まだ飛び立ってすぐ、高度を上げている最中なのに、こんな平静な声を聞くとは思わなかった。
「カルジュの都なら近いですからね。すぐに着きますよ」
まあ、近いと言っても普通に歩けば三日はかかるのだろうけれど。しかしメルセデスならば大した距離ではない。
今回の客はカクシャクとしたお爺さんだった。背筋は少し曲がっているが動きはしっかりしていて、持っている杖もほとんど使っていなかった。
飛竜のメルセデスを紹介したときもうろたえなかったし、まだ飛び立って間もないのにもう飛翔の速度と高度に慣れている様子だ。かなり胆力のあるご老人である。
「あの都はいいですよ。道が交わる立地ですから活気があるし、いろんな交易品が揃います。あと鳥肉がおいしいですよね。ヤイコウ鳥ってデカい鳥が飼育されてて……っと、お客さんはこの辺りの人ですから、あの鳥のことは知っていらっしゃいますか」
「ああ知っておる。たまに蹴られて死ぬ者が出るからな」
この世界の農家エグぅ……。
「カルジュにはよく行くのか?」
「んー、三度ほど行きましたかね」
まあ、この近隣でだと王都や隣国に行く人の方が多いのだけれど。
この辺りはよく来る場所だが、カルジュは交易の中継地として栄えた都だから、飛竜タクシーをご利用のお客さんは飛び越えることを選択しがちだ。
「そうか。あそこは交易品の他になにがある?」
このお爺さんは宿場町で出会った人だ。どうも隊商の荷馬車に乗せてもらおうとしていて、それを隊商の長が拒否したらしく揉めている様子だったため、声をかけてみたという流れである。
だから……あの町に住んでいるならカルジュの都は歩いて三日の距離だから、いかにこの世界の情報伝達速度が遅いとはいえ、なにがあるかくらいは知っている気がするが。
「そうですね、あの都で造られている美味い酒がありますよ。あと旅人のための大浴場があるんですが、あそこの蒸し風呂が私は大好きです。それと隊商を護衛する仕事が多いので、冒険者たちの店が大きいですね」
近場だと食文化は似ているだろうから、本当にカルジュ特有のものだけを挙げていく。私としても大浴場の蒸し風呂に入った後、地酒と鳥肉料理に舌鼓を打つのが楽しみである。
このお爺さんを乗せたのは宿場町だったが、カルジュの都も基本的には宿場町の延長みたいな都だ。
行き来する旅人を迎えて、疲れを癒やして鋭気を養ってもらい、送り出す場所。交易品の市場も大きいけれど、やはり立派な風呂と美味い酒と料理が、カルジュの魅力の根元にあるのではないか。
ああでも、それだけではないか。
「あと、スタジアムがありますよ。鎧を着た選手たちが派手にぶつかりあいながら、相手の陣地の最奥までボールを運ぶって試合をやってるんです。いろんな道の交わる土地だからか、その道の先の各地域がスポンサーになってそれぞれチームを運営してるみたいで、今くらいの時期はかなり盛り上がってますよ。私はまだ観戦したことないんですけどね」
たしか戦球って呼び方だったかな。元は騎士たちの訓練が競技化したものらしいが、凄まじく荒々しいらしい。
さすがに武器は持たないが、殴ったり体当たりしたり投げたりするのもルールの範囲内。毎回怪我人が続出すると聞くから、血とか骨折とかの痛いのを見るのが苦手な私はちょっと観る勇気がないな。死人も出たことがあるって話だし。
いくら鎧を着てるからって安全面にはもっと配慮してほしいものだ。
「ふむ、何度か行っているのにまだ観たことがないのか」
私の話に、後ろのお爺さんが深く頷くのが分かった。口ぶりからしてどうやらスタジアムのことは知っていたようだ。
まあ長期間続くお祭りみたいなものだし、この辺りの人は知ってるか。とはいえカルジュの都を紹介するのにこれを外すのもな。私自身はあまり興味がなくて思い出すのに時間がかかったが、間違いなくあの都で一番人気の興行だろうし――
「ではあちらに着いたら観させてやろう。この速度なら、今日の試合にも間に合うじゃろうしな」
「は?」
私の疑問符に同調して、クル? とメルセデスも首を傾げる。