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安全快適、最速で

「やっぱり、遠くに来たときの楽しみはこれだねぇ」


 ハグッ、と魚の串焼きにかぶりつく。見た目はウナギの蒲焼きに近いが、味付けは塩のみ。とはいえその塩加減が匠の技だ。

 この辺りにしかない名物料理だそうで、滅多に来ない場所で仕事した時はこういうのを試すのが常になっていた。

 たまにヒドいのに当たるときもあるが、それはそれで話のタネになる。食い物ネタが通じない人はいないから、お客さんとの雑談で役立つ引き出しが増えるのはいい。


 ハルバブルグの外れの目立たない場所でお客さんの少女と別れ、私は数日ほど都に滞在していた。

 メルセデスはこういうとき、一人……一頭で都の外で待機だ。飛竜らしく空を飛んだり狩りをしているみたいだが、呼べば文字通り飛んできてくれる。


「うん、おいしかった」


 串焼きを食べ終え、うーん、と両手を上に挙げてノビをする。それから脇に置いておいたカゴを背負った。いっぱいに入ったパクスがズシリと重いが、飛竜に食べさせるのだからこれでも少ない方だろう。

 空を見上げる。太陽の位置は正午を明らかに過ぎていて、そろそろ行くかと都の外れにある大門へと歩き出す。

 この辺りの町並みはレンガ造りで、妙にカラフルなのが特徴的だ。どこの民家にも色とりどりの布が飾られていたり、レンガそのものが着色されていたりする。それらを眺めながら歩くだけで楽しい町並みだ。いかにもあの少女の出身地らしい、と思ってしまう。


 あの金の髪の少女は、兄の結婚式が終わったらまた飛竜タクシーを使いたい、と希望した。なので数日なら待ちますよと約束して、今日の正午がその期限。

 けれどあの少女は待ち合わせ場所に来なかった。


 まあ久しぶりに故郷に帰って、兄の結婚式を祝って、家族や親戚や友人たちと楽しい時間を過ごしていれば気が変わることもあるだろう。もう旅はやめよう、となっていてもおかしくはない。

 来なくても昼を過ぎたら発つとは言ってあるし、一応それ以上に待った。そろそろ出発してもいい頃合いだ。


「次はどこへ行こうかな」


 普段なら宿とかで旅人を見繕って声を掛けるが、予約客がいたから営業はしていない。あいにくキャンセルになってしまったが、今から新しい客を見つけるのも気が進まなかった。

 せっかくだし良さげな水場へ移動して、ゆっくりメルセデスの鱗をブラッシングしてやろうか。いっそ温泉のある場所へ行くのもいいかな。空からメルセデスが羽を休められる秘湯のような場所を探すのも面白そうだ。


「おじさまー!」


 空いた予定をどう埋めるか考えながら歩いていると、背中に聞き覚えのある声がかかった。

 おや、と振り向くと、予約客の少女が慌てた様子で走ってくるのが見える。


「ごめんなさい、遅くなりました! 親に引き留められてしまってなかなか抜けてこれなくって! すぐに出発しましょう!」


 肩で息をしながらでも快活に、やってきた少女はそう頭を下げる。

 鞄と楽器を背負い短剣を腰に差して、旅支度は済ませている格好だ。どうやら待ち合わせ場所に私がいなかったので、まだ出発していないことを願って走って来たらしい。……ちょっと悪いことをしてしまった気分だ。十分待ったつもりだったけれど、どうせ急ぎの用などないのだしもう少しだけ待ってあげれば良かったな。


「いえいえ、久しぶりの里帰りですからね。親御さんも別れが寂しいでしょうし、こちらが気を回すべきでした」

「そんな、悪いのはわたしの方なので……って、ああもう!」


 金の髪の少女が後ろを向いて声を上げる。どうしたのだろうとそちらに視線を向けると、ぱっと見で十人以上の兵士たちがこちらに走ってきていた。


「いたぞ、あそこだ!」

「サラル様! どうかお待ちください!」

「大門は封鎖済みです! 都からは出られませんよ!」


 どうやら少女を追って来たようで、そんな大声が聞こえてくる。


「ちなみに、どうしてお逃げになられてるので?」

「その……兄が結婚して、次はわたしの番だなって親が張り切っちゃって、また旅に出るって言ってるのにお見合い話をたくさん持ってきてですね……」

「ハハッ」


 思わず笑ってしまった。

 罪を犯して追われてるのではないことくらいは察したけれど、そんな理由とは。


「そういうところ、どこの世界も同じですねぇ」


 クックックとまだ笑いながら、服の内側のポケットから笛を取り出す。

 私の手のひらに収まるくらい小さい笛で、音色を変えるための指孔はない。つまり曲を奏でる楽器ではない。

 それを咥えて、思いっきり息を吹き込む。


 音は鳴らなかった。それで問題なかった。


「サラル様、もう逃げられませんぞ」


 すぐに追っ手は私たちを取り囲んで、その中でも年嵩の男性が一歩前に出る。どうやら彼がリーダーのようで、この少女はサラルという名前らしい。

 様、と敬称をつけているし、彼らは取り囲むだけで手荒なことをする気配はなかった。武器も抜いていないくらいだから、本当に悪いことをしたわけではないのだろう。……というかもしかして彼女、いいトコの子なのだろうか。そんな子がいったいどうして旅の吟遊詩人なんかやっていたのか。そのお見合いって本当にブッチしちゃっていいものなのだろうか。

 うーん。興味は尽きないけれど、まあどうでもいいか。


「すみませんが我が社は、お客様を安全快適、そして最速に空の旅でお届けするのがお仕事でして。地上のことは一切合財、関与するつもりがありません」


 バサリ、と羽ばたく音と共に、影が落ちる。その異変に上空を見上げた者たちが、悲鳴を上げて逃げる。腰を抜かす者までいた。

 飛竜が、町中に降りる。


「うん、来てくれてありがとう。メルセデス」


 ポンポンと分厚い鱗を叩いてねぎらって、よいしょっ、とその背に乗る。

 そして、金の髪の少女へと手を伸ばす。


「それではお客さん。どちらまで?」


 ニコリと笑って聞けば、サラルという少女は満面の笑みを浮かべる。



「もちろん、まだ行ったことのない場所へ!」

発想力を鍛えたいなとXで思いついたネタをいろいろ呟く試みをしているのですが、その一つを書いてみました。

おじさんが飛竜でいろんなお客さんを運びながら、その人たちの物語に少しだけ関わるお話ですね。ここで完結でも良かったんですが、けっこう気に入ってますので不定期で短い話を書いてもいいかな? と迷ってますので、とりあえず締めはしない方向で。

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