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即興歌

 最初は恐怖。次は軽く呆然として、それから景色に感動。それから会話を一通り。

 そしてそれが終わったら……飽きるのが通例だ。

 なにせ今回は長距離の旅である。飛竜でも途中休憩を挟みながら数時間ほどかかるのだから、いくら物珍しい空の旅でも退屈になってくる。私はこうした移動時間が好きだし慣れているからいいけれど、お客さんは空の旅に緊張したり驚いたりはしゃいだりするから疲れてしまうのが普通だった。


「まだけっこう時間がありますからね。お疲れでしたら眠って下さってもかまいませんよ」


 この世界の人でこんなに遠くまで行きたがる人は少ないから、普段はこんな提案はしない。

 だけど眼下に広がる景色は樹海から湿地帯に変わったばかりで、頭の中の地図を広げてみれば、だいたい半分ほどの距離しか飛んでいない。気を張って起き続けるより、眠ってる内に目的地までお届けされる方がお客さんは楽だろう。


「いえ、大丈夫です。景色を見るの楽しいですから! それに、眠るなんてもったいない! わたし、この空の旅は余すことなく心に刻んで詩にしたいんですよ」


 そうか、彼女は旅の吟遊詩人。この世界を歩いて渡っているのだから体力なんかあって当然だし、貴重な体験を無駄にするはずもない。


「いいですねぇ。私とメルセデスとの空の旅が詩になるのは光栄です。ぜひ聞いてみたいですね」


 半分は本気、半分は世間話の延長で言う。

 自分たちが詩だなんて少し気恥ずかしいが、できれば聞いてみたいのは本当だ。――この少女の目に私はどう映っているのだろうか。ちゃんとやれているのだろうか。やっぱり気になるから。

 まあ曲が完成するころには、わたしはどこか別の空を飛んでいるのだろうが。



「いいですよ、ではここで歌ってもよろしいですか?」



 え? と思った。もうできている?


「ええ、もちろん」

「では失礼して」


 小気味いいキタラの音が鳴り、美しい少女の声がそれに乗る。


 最初は低く恐ろしく、それから激しく荒々しく、けれど次第に落ち着いた曲調が顔を出して、弦は徐々に優しく、声は楽しく明るくなっていく。


 飛竜に乗って離陸するまでは恐怖。空の旅を楽しむ余裕が生まれるまでの時間。そして世界の広大さを目にした感動。

 少女は歌う。即興歌とは思えないそれは、風に乗ってどこまでも届くのではと錯覚するほどで。

 それは空の上の、私とメルセデスしか観客のいないライブステージ。


 ――ああ、音楽だ。


 なんだか胸に染み渡っていくようで、だからかそんなバカみたいにそのままな言葉しか浮かばなくて、でもそれ以外の言葉にしたくなかった。

 音楽なんて久しぶりに聞いた気がする。ここまで洗練されたものは、こちらでは初めて出会ったのではないか。

 以前は日常の一部として聞き流していただけだったそれは、涙が出るほどに心を揺さぶられるものだったらしい。


「どうでしたか、おじさま」


 歌が終わってそう聞かれても、なかなか返事ができなかったほどに感動してしまっていた。顔を見られたくなくて、振り向くことすらできなかった。


「……とても素晴らしかった。本当に」


 やっとのことで私がそう返事すると、クルルルル、と飛竜も上機嫌に喉を鳴らす。


「メルセデスも気に入ってたようです」

「よかった、嬉しいです!」


 少女は喜びの声をあげる。


「わたし、兄の結婚式でこの詩を歌おうと思うんです! いろんなところを旅して来たけれど、空から見たらわたしの歩いた道なんてほんのちょっとでしかなくって、まだまだ行ってないところばかりなんだって分かったのが嬉しかったから! 世界の広さって、祝福だと思うから!」


 世界の広さが祝福、か。うん、たしかに狭っ苦しいよりずっといい。この世にはまだまだ見たことのないものがたくさんあるんだ、っていう方がいいに決まってる。

 まあ……きっと新婚のお二人は彼女みたいに旅なんてせず、これからその土地で幸せに生きると思うけれど、旅の土産話を聞くのは楽しいものだしね。

 たぶんお兄さんには、彼女の笑顔こそが祝福になるだろう

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