相棒メルセデス
「いやぁ、お客さん、ハルバブルグとはずいぶん遠くまで行くんですね。料金高くなっちゃうけど大丈夫ですか?」
「そ、それは……たぶん問題ありませんが……お、おじさま、これ恐くないですかっ?」
うーん、おじさんって呼ばれるとちょっと傷つくお年頃なんだけどね。おじさんなんだけど。
「そりゃあまあ、空の旅ですからね。大丈夫、結界を張っていますのでベルトを締めていれば落ちはしません。ところで早く着くルートで行きますか? それとも安全なルートで行きますか?」
「早……い、いえ、やっぱり安全な方でお願いします!」
「はい。それでは少し南寄りで行きますね」
手綱を操る。クルル、と喉を鳴らす音と共に、メルセデスがゆっくりと皮膜の翼を傾ける。
急ぎではないようなので、死の山脈を迂回し赤の樹海上空を抜けるルートで。まあ、今日中には辿り着くだろう。
料金は……どうしようかな。距離は長くなるけど危険手当はなしって感じだろうか。まあメーターがあるわけじゃないし、適当で。
「ハルバブルグは今行くならいいところですよ。春の果物が食べ頃ですからね。あそこの梨……じゃなかった。パクスって果実は甘くてとてもおいしいんです。このメルセデスも好物なんですよ」
「こ、この子はメルセデスという名なんですね。竜って肉食のイメージが強かったんですけれど、草食なんですか?」
「雑食ですね。私もコイツしか知りませんが、本で読んだかぎりじゃ竜はけっこうなんでも食べるみたいですよ。でもメルセデスは味の好みがうるさいので、おいしいものしか食べません。贅沢な奴ですよね」
ハッハッハ、と笑うと、グゥー、と抗議のような鳴き声が帰ってくる。とはいえお前、気に入らないものは絶対に食べないじゃないか。
とはいえ、贅沢とも言い切れないか。獲物はけっこう自分で狩ってるから言うほど飯代がかかるわけではないし、なによりコイツはしっかり働いている。だったら嗜好品として美味いものを買うくらいはしてやらないと、相棒として愛想を尽かされかねない。
「よしよし、向こうについたらパクスをたくさん買ってやるからな」
ポンポン、とメルセデスの背中の鱗を叩いてやる。硬い鎧のような鱗だが、不思議と温かみがあった。
グンと速度が増して、キャアと後ろから悲鳴が聞こえた。賢くてゲンキンな奴だから、私の言葉が伝わってやる気を出したようだ。
後ろを振り返る。結界のおかげで風や寒さは防がれているが、風音や高速で流れる視界、なにより落下したら助かるはずのない高度を飛ぶ行為そのものが、慣れていない乗客には恐ろしいのだろう。美しい金髪の少女は目をギュッと閉じて鞍にしがみついていた。可哀想なほど必死な様子だ。
ま、しばらくすれば慣れるだろう。
「お客さん、しっかり掴まっていてくださいね」
飛竜。ワイバーンと呼ばれる竜の亜種にして、飛翔速度においてあらゆる生物を凌駕する空の王者。
それが私の、自慢の相棒だった。