電子レンジを6分20秒間独占する女
「まただ……」
同期のB子はため息を吐きながら、コンビニのおにぎりをテーブルに置く。
彼女の視線の先には、休憩室に二台しかない電子レンジ。そのどちらも灯りを灯しながら、ブイ~ンと音を立てている。
B子曰く、一台の残り時間はまだ5分以上あるらしい。その為、皆で遠慮しながらもう一台を効率良く回していくも、十数人の弁当を温め終えるには相当時間が掛かるだろう。
チン!
ようやく終了の音を奏でる電子レンジから、「熱っ」と言いながらも嬉しそうにパスタを取り出すA子。ゆったりと席に向かう彼女の横を、待ち人達が空いたレンジ目指し、一目散に駆けていく。
もはやその列に並ぶ気も起きないのか、B子は椅子に腰を深く下ろし、おにぎりを両手で包み込む。
「たった20秒温めたいだけなのに……」
その切ない呟きは、同じテーブルに座るパート仲間達の胸を打つ。
「うんうん、お弁当でもせいぜい1~2分だよね」
「業務用のレンジで6分も温める必要ある? まさか、一から調理してたりして。生肉とか生魚とか」
「あり得る~」
やりきれない思いをハハッと笑いに変える彼女達に、私は同情する。
奴隷のように酷使した身体を、唯一休められる昼休み。誰だって一刻も早く、ほかほかの昼食にありつきたいだろうから。
「あの人、冷凍パスタ温めてるんだよ」
無事に弁当を温め、戻ってきたC子がそう言う。
パスタか……確かに、びっくりする程温め時間長いのあるよね。6分とか。
皆も納得したのか……穏やかな雰囲気がテーブルを包みかけるも、そうはさせまいと、すかさずD子が言う。
「自然解凍しておけば、加熱時間少なくて済むじゃん。せいぜい3分とか4分とか。それでも長いけど」
その言葉に、皆は再び戦闘態勢になる。
「そうだよね。てかさ、どうしても冷凍から温めたいなら、遠慮して一番最後にレンジ使えばいいのに。誰よりも先に来て、誰よりも先に使っちゃってさ」
「人を待たせてるって認識がないんだろうね。周りが見えてないっていうか」
「みんなの貴重な休み時間奪ってまで、熱々にしたいものなのかな」
「パスタなんて家で食べりゃいいじゃん。それかいっそ、自分専用のレンジ持ってくれば?」
やりきれない笑いが、またハハッとテーブルに広がった。 言いたい放題だが、皆の言い分にも一理ある。
「A子さん!!」
怒気を孕んだ声に、皆、何事かと一斉にそちらを見る。
休憩室の一番端のテーブル。平たいパスタを、トマトソースと共にフォークにくるくると巻き付けるA子を、ボスのF子が仁王立ちで見下ろしていた。
貫禄たっぷりの腹を突き出す彼女に、A子は全く動じることなく冷静に尋ねた。
「何でしょう?」
「……パスタ《それ》、会社であっためるの止めてくれない? 6分もレンジを占領されて、みんな迷惑してるんだけど」
よく言った!!
休憩室に居る全ての従業員が、心の中で拍手喝采する。さあ、どう答えるんだ? と固唾を呑んで見守る中、A子はフォークを優雅に口に入れ、ゆったりと咀嚼した後でこう答えた。
「嫌です。私は、昼食は絶対このパスタと決めているので」
つっ……強え。
「じゃあ、せめて自然解凍しておいたらいいじゃない。そうしたら加熱時間を減らせるでしょう? それか遠慮して一番最後に温めるとか」
ボスの言葉に、ついさっき同じことを言っていたD子達が大きく頷く。ところが……
「嫌です。一度解凍すると味が落ちるので。それに一刻も早く食べたいですし」
プツン
何かが切れた音と共に、ボスがくわっと目を開く。
「そんなの……単なるワガママじゃない! みんな気を遣って、譲り合って温めてるのよ! 味だの何だのは家で楽しみなさいよ!」
「人は人、自分は自分です。私は昼食にこのパスタを食べることを生き甲斐にしていますから。チャイムと共に真っ先にレンジへ向かえるように、朝から仕事を効率良く片付けています。もしそれが許されないのであれば……私はこちらを辞めさせていただきます」
おうっ! 辞めちまえ!
…………とは誰も言わない。
むしろ彼女のパスタ愛に、涙している者さえいる。たかが昼食に、ここまで熱意を捧げられる者が他にいるだろうか。
自分のテーブルに戻るボスの背中は、何だか小さく見えて。
“ 負けた…… ”
そんな声が聞こえてくるようだった。
────おっと、伸びちゃう。
カップ麺の蓋を慌てて開ければ、むわんとクリーミーな香りが立ち昇る。
う~ん、美味しそう! やっぱシーフードヌードルにはチーズと牛乳だよね。明日は豚骨だから、紅生姜と刻みネギを忘れないようにしなくちゃ。あ、高菜もいいな。
レンジ争いとは無縁だった、カップラーメン派の私。呑気に麺をすすっていたこの時はまだ知らなかった。……一ヶ月後に、空前のカップラーメンブームが起きて、熱湯を奪い合うポット戦争なるものが繰り広げられることを。
そしてA子は、熾烈なポット戦争を横目に、誰からも恨まれることなく、電子レンジを独占するのだった。
…………チン!
ありがとうございました。