第28話 誕生日④ —楓の告白—
嘘を吐いていた——。
楓はそう言った。
「嘘?」
「はい。単刀直入に言いますが……私はあの日、本当に自殺をしようとしていたわけではなかったんです」
「えっ……」
俺は口をぽかんと開けたまま固まった。おそらく間抜けな面を晒しているだろう。予想だにしていなかった告白だった。
楓が痛々しげな笑みを浮かべた。
「あのときは悠真君もテンパっていたのでわからなかったでしょうけど、実は首を吊っても足はギリギリ届くようにしていたんです」
「……どうしてそんなことを?」
「自殺未遂をしたことが広まるか警察沙汰にでもなれば、状況も少しは好転するかなと思ったんです」
楓の顔には寂しげな笑みが浮かんでいた。
状況とはいじめか家庭環境か。いや、両方だろうな。
「そこに悠真君が現れました。自殺を必死に止めてくれるあなたを見て、私は利用できると思いました。大袈裟に事情を話して同情を誘って抱かれることで、元カレたちに言われたことを少しでも帳消しにしようとしたんです。私だってちゃんと男の人を興奮させることができるんだって。あいつらの言っていることなんて気にしなくていいんだって。今思えば馬鹿ですよねっ……」
楓の瞳に涙が浮かんだ。彼女は深々と頭を下げた。
「優しさにつけ込んで騙すような真似をして、本当にごめんなさい……!」
声も体も震えていた。
腰を深く折り曲げたままのその姿勢は、まるで神様に裁きを下される罪人のようだった。
「……っはぁ〜」
俺は思わずため息を吐いてしまった。
楓がビクッと体を震わせた。
「なんだ、そんなことかよ……」
「——えっ?」
楓が勢いよく顔を上げた。
俺は苦笑を浮かべてみせながら、
「関係が壊れるくらいっていうから、どんな爆弾が投下されるかと思ってヒヤヒヤしたぜ」
「あ、あの、悠真君? ——ふぐっ」
楓の両頬をつまんだ。遊園地でそうしたときよりも強く。
「楓は騙してなんかねえよ」
「っ……!」
潤んだ瞳が大きく見開かれた。
目を真ん丸にした楓はたいそう可愛らしいが、愛でるのは伝えるべきことを伝えた後だ。
「楓は騙してねえし、今の話を聞いて騙されたともつけ込まれたとも思わねえよ。たとえ本気で死のうとしてなかったとしても、その考えに行き着いて実行するくらいまでは追い詰められてたってことだし、同情してほしくて大袈裟に言っちゃうくらいには辛かったってことだろ。楓はただ助けを求めてくれただけだ。何も悪いことなんてしてねえよ」
「……失望、しないんですか?」
「んなわけねえだろ。むしろ、正直に打ち明けてくれてもっと好きになったわ」
「っ……」
楓は呆然としていた。
(信じてねえな、こいつ)
なんだか腹が立った。ぽかんと開けられた口に自らのそれを押し当て、強引に舌を侵入させた。
「んんっ⁉︎」
楓が反射的に押し返そうとしてくるが、そこは男女の体格差だ。
胸に添えられた彼女の手を拘束しつつ、俺は心のおもむくままにその口内を貪った。
「ん……ん……!」
楓の鼻から抜けるような嬌声を出した。
だんだんとふやけていく姿を見て、ようやく溜飲が下がった。
唇を離すと胸に倒れ込んできた。腰が砕けてしまったのだろう。荒く息を吐いていた。
「これで信じてくれたか?」
「ご、強引すぎます……!」
「だって、これくらいやんないと信じないだろ」
楓が気まずそうにふいっと視線を逸らした。図星だったのだろう。
顎に手を添えて無理やりこちらを向かせる。
「まだ安心できないっていうなら、いくらでもなんでもするけど?」
「も、もう十分ですっ!」
「それは残念」
もう限界とばかりに叫んだ楓を茶化すように笑った。
彼女はうぅ、とうめき声をあげた。胸をポカポカ叩いてくる。
よかった。いつもの楓が戻ってきたみたいだ。
叩かれているのも構わず、その体を抱きしめる。
「……誤魔化そうとしてますよね」
「そんなことはないぞ」
楓がぷくっと頬を膨らませた。
指先で突いてやれば、すぐに風船のようにしぼんでいくばかりかゆるゆると弧を描いていった。
「……もうっ」
楓は朱色に染まった頬を胸に押し付けてきた。
腰に手を回してしっかりと抱き寄せる。頭を撫でた。相変わらずサラサラだな。
髪の毛にキスを落としてやれば、楓はくすぐったそうに体をくねらせた。
「どうする? とりあえずケーキ食べちゃうか?」
「……もう少しだけ、このままでもいいですか?」
「もちろん」
楓はしばらくして「充電完了です」と顔を上げた。
赤らんでいたが、晴れやかな表情だった。
「足りなくなったら言ってくれ。いつでも貸すからな」
「はいっ」
楓は元気よく返事をした。はにかむような笑みが浮かんでいた。
ケーキは二人で食べ切れるくらいの小さいものだ。四頭分して一つずつお皿に乗せる。
主役の楓が食べ始めてから俺も手をつけようと思ったが、彼女はフォークを握ったままなかなか手を動かさなかった。
「どうした? お腹いっぱいなら明日でもいいんだぞ」
「い、いえ、そうではなくてですねっ」
楓は逡巡するように視線を右往左往させた後、頬を染めて窺うように上目遣いを向けてきた。
「そのっ……あ、アーン……してほしいなって」
「っ——」
楓の顔は湯気が出そうなほど赤かった。
……こんな健気で可愛いお願い、断り方があるなら教えてくれ。
「お安いご用だ」
一口大に切り、フォークで刺したケーキを楓の口元に持っていく。
小さな口がぷるぷると開かれた。パクりと咥え込んだ。
「うまいか?」
「あ、甘いです」
楓は真っ赤になりつつも嬉しそうに笑った。
それでもさすがに羞恥心がすさまじかったようだ。二口目からは自分で食べ始めた。
よかった。
これ以上可愛いところを見せられたら、ケーキではなく楓を食べてしまうところだった。
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