第13話 男子部員にしつこく絡まれています
練習は別々で行われるが、一つしかない卓球場をシェアしているため男女の交流も珍しくはなかった。
楓も何人かの男子部員から話しかけられたが、その中でも継続的にずっと絡んでくるのが二年生エースの宮村光一だった。
中学では委員会が同じで、奇しくも高校でもお互い生徒会に所属しているよしみなのかもしれないが、これまではほとんど言葉を交わしたこともなかった。
それなのに、なぜか入部して少し経ってから急に馴れ馴れしく下の名前で呼んで話しかけてくるようになったのだ。
「部活には慣れたか?」
「はい。一応」
「そうか。それにしても、中学のときから見違えるように綺麗になっているな。良い化粧品でも使い始めたのか?」
「いえ、ただ洗顔の仕方を見直したりしただけというか……」
「洗顔はゴシゴシやらないのがコツだ。それと、やはり化粧品はいろいろな化学成分の入っていない自然由来のものを使うべきだろう。少し高いが、俺は——」
光一は、楓が聞いてもいない化粧品の知識を自慢げに語った。
「——とまあ、こんな感じだな。そうだ。俺の持っているものを貸そうか?」
「いえ、大丈夫です。申し訳ないですし」
「遠慮するな。あっ、もし人の化粧品を持って帰るのが申し訳ないと思っているなら、ウチに来て使ってみてもいいぞ」
「い、いえ、遠慮します」
楓は嫌悪感を顔に出さないように気をつけながら首を振った。
彼氏持ちを家に誘うなど、この男は何を考えているのだろう。
「そうか。まあ気が向いたらいつでも言え」
「はい。あの、私もう——」
「髪型も変えたよな。前髪がスッキリして前よりもすごい明るい雰囲気になっていていいと思うぞ」
「はあ……」
話を切り上げようとしたタイミングでまた新たな話題を持ち出され、楓は曖昧に返事をした。
とても居心地のいい時間ではなかったが、相手の立場も考えると強く出れなかった。
「でも、楓はロングよりもショートのほうが似合うだろう。より明るい雰囲気になって友達ももっと増えるぞ。そうだ。俺の行きつけの美容院を——」
「おーい、楓ー。彼氏さん迎えに来たよー」
「あっ、はーい!」
陽奈の声が聞こえた。楓はホッとしつつ返事をした。
「彼氏が来たので、私はこれで」
「あ、あぁ」
楓は強引に話を切り上げ、頭を下げて悠真のほうへ足を向けた。
呆気に取られていた光一は、ハッと我に返って、
「あっ、楓」
「はい?」
「また明日な」
白い歯をみせ、手を振って光一は立ち去った。
なんなんだと思いつつ、楓は悠真の元に駆け寄った。
「悠真君、お待たせしました」
「おう」
並んで歩き出す。
楓は彼氏の横顔を盗み見た。口調は普段と変わっていないが、どこか雰囲気がトゲトゲしいように感じられた。
どうするべきか悩んだ後、思い切って尋ねてみた。
「あの、悠真君。勘違いだったら申し訳ないんですけど、なんか怒ってませんか?」
悠真は目を見開いた後、バツが悪そうに後頭部を掻いた。
「あー……バレてたか?」
「雰囲気がなんとなく。あの、私何かしてしまいましたか?」
楓は不安に思って尋ねた。
「いや、楓は何も悪くねえよ。ただ……ちょっとあいつが気に食わないだけで」
「あいつ……もしかして宮村君のことですか?」
「あぁ。なんか楓に対してすげえ馴れ馴れしいじゃん」
「たしかに。あっ、もしかして悠真君。ヤキモチを妬いてくれてたんですか?」
「っ……まあ」
悠真がふいっと顔を背けた。小さく肯定するその頬と耳は色づいていた。
楓は嬉しくなってその腕に抱きついた。
「か、楓っ?」
「ふふ、安心してください。私は悠真君以外になびいたりしませんから」
「それはわかってるよ。ただ、なんつーか気に入らないだけで……多分あいつ、楓のこと狙ってるから」
「えっ、それはありませんよ」
楓は断言した。
「なんで?」
「だって性格はともかく、宮村君は容姿と実力だけは優れていますから。私よりも魅力的な子たちを狙ってるでしょう」
楓は自分の考えに確信を持っていたが、悠真は呆れたようにため息を吐いた。
「む、なんですかそのため息は」
「あのな。あんまり自覚してないかもだけど、楓マジでどんどん綺麗になってるから。それこそ宮村みたいなカースト上位のやつも狙うくらいには」
「そうなんですか?」
楓は小首をかしげた。
彼女自身、一ヶ月前までの自分に比べて格段に容姿のレベルが上がったことは自覚しているが、元が低かったのでやっと普通になれたくらいだと思っていた。
(お世辞を言っているようには見えませんが、多分悠真君はあばたもえくぼで過大評価してくれているのでしょう)
楓はそんなふうに考えていた。
だから、まさか光一に異性として見られているとは思ってもいなかったし、自分語りをしたいがために話しかけてきているだけだろうと大して警戒もしていなかった。
いくら自信をつけつつあるとは言っても、つい一ヶ月前まで容姿に関する悪口を言われ続け、幼馴染の彼氏に捨てられたのだ。
カースト上位の男子に自分が本気で狙われているはずがないと考えてしまうのも、無理のないことではあっただろう。
しかし、自分が原因で悠真が不快に感じていることは自覚していたため、彼を安心させるためにも楓はいつも以上に彼とのスキンシップを図った。
具体的には、彼の腕に抱きついた。
「か、楓?」
「安心してください。どんなにキラキラした白馬の王子様が現れようと、私の王子様はゆ、悠真君だけですからっ」
言っている途中で恥ずかしくなり、最後のほうは半ば叫んでしまっていた。
しかし、勇気を振りしぼった甲斐はあったようだ。
悠真は手の甲で口元を覆い、そっぽを向いた。
薄暗い世界ではその頬の色はわからなかったが、それが顔が赤くなったことを誤魔化すための所作であることを楓は知っている。
(ふふ、可愛いですっ)
自分の言動や行動で悠真を照れさせたことが嬉しかった。
「あれ、悠真君。どうしたんですか?」
楓は調子に乗って悠真の頬をつついた。
——次の瞬間、彼の腕の中に閉じ込められていた。
「へっ? あ、あのっ、悠真君……⁉︎」
いくら暗くなってきた人通りの多くない往来とはいえ、楓は抱きしめられて混乱してしまった。
ジタバタ暴れても、悠真はガッチリとホールドしたまま離してくれない。
「ゆ、悠真君っ、外ですよ⁉︎」
「これくらいなら普通に外でもするだろ」
「そ、そうかもしれませんけどっ……!」
キスならともかく、ハグ程度ならしているカップルは多いし、常識の範囲内だろう。
しかし、元来恋人らしい青春を感じる行為に不慣れな楓には、外で好きな人に抱きしめられるというのは到底処理しきれる事案ではなかった。
——自分よりもわずかに高い体温と汗の混じった悠真の匂いに鼻腔をくすぐられていたら、なおさら。
(悠真君の匂いっ……これ、ヤバいです……!)
色々なものが限界を超えて、楓は顔を彼の胸に押し当てた。
その鼓動は、想像していた何倍も早かった。
「ゆ、悠真君の心臓、すごいことになってます……」
「仕方ないだろ。こんな可愛い彼女抱きしめてるんだから」
「はぅ……!」
楓は胸を押さえて悶えたくなった。
(もうっ、なんでこういうことをさらりと言えちゃうんですかこの人は……!)
恥ずかしい。でもそれ以上に嬉しくて、楓の頬は自然と緩んでしまった。
だらしのない顔を見せたくなくて、しばらく悠真の胸に顔を埋めていた。
このときの彼女の頭からは、光一のことなどすっかり消え去っていた。
しかし、だからと言って絡まれなくなるなんてことはなかった。
——定期テスト前最後の練習。
「学年主任の中村、うるさかったな。廊下でキンキン怒鳴って」
「そうですね」
「そういえば中学のときの鬼婆ブチギレデザート事件覚えているか? 配膳台に残ってた小さいケーキ食べようとしたら、箱の中身が空で本気で怒ってたやつだ」
「あぁ、はい」
「あれ、実は俺が空箱を置いておいたんだが、まさかあんな軽いドッキリで本気で怒るとは思ってなかったな。楓もそう思うだろう?」
「まあ、そうですね」
いつにも増して、光一は積極的に楓に絡んできた。
これまでは陽奈がさりげなく牽制してくれていたが、今日は風邪を引いて休んでいるのだ。
練習後も、彼は早速話しかけてきた。
「楓、お前はフォームを改善したほうがいいぞ」
「そうですか?」
「あぁ。練習を見ていたが、腰が使えていない。腕だけで振っているからフォームが安定しないんだ。もっと腰を捻ることを意識しろ」
「はぁ……ありがとうございます」
頼んでもいないアドバイスだが、教えてくれたのは事実なので一応お礼を言っておく。
「ほら、実践してみろ」
「えっ……今ですか?」
「そうだ。聞いただけで上手くなるなら誰も苦労しない。さあ、やってみろ」
「は、はぁ……」
圧に負けて、取りあえず腰の捻りを意識して素振りをしてみる。
「そう……だが、まだ腰が使えていないな。もっと捻るんだ」
「はい……っ⁉︎」
楓は息を呑んだ。
光一が腰に手を添えてきたのだ。
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