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8話 光彩と凶兆

 

「やあァッ!!」


『–––––––!!』


 空中を自在に飛び回るヒカリの蹴りが魔獣の体に衝突する。

 それを受けた魔獣は体勢を崩されながらも即座に反撃として瞬間的な突進を繰り出すも、彼女は羽そのもののように身を(ひるがえ)して難なく躱してしまった。


「前に戦ったやつと同じで大したことないわね! 私ってやっぱり天才だわ!」

 ※

 《つよい》

 《たしかに》

 《それはそう》

 《自信満々なのすき》


 勘違いしてはいけないのは、魔獣の方も常人から見れば瞬間的な加速を始めとてつもない速さで動いていることだ。

 しかしヒカリは非常に優れた身体能力や動体視力、そして魔術による飛行技術によって、傍目からは簡単そうに見えるほど軽々と魔獣を翻弄していた。


「まずはこの手と足で! その殻正面からブチ割ってあげるわッ!!」


 彼女は魔術で発光による目眩(めくらま)しを起こした後魔獣の頭上に移動した。

 そして魔術によって生み出される莫大な推進力で急降下するヒカリの強烈な(かかと)落としが魔獣の体に叩きつけられた。


 ※

 《強すぎ》

 《すげええ》

 《街が壊れてるじゃないかw》


『–––––––––!!』


「フッ……!」


 そうして命中した箇所を中心として甲殻に亀裂が入り、空を飛ぶ魔獣の巨体は地面に叩きつけられ街に大きな衝撃が走った。

 それでもまだ戦意を失わず空を飛び始める魔獣だが、僅かに浮き上がったその体を(くぐ)り抜けるようにアダムが走り込んできた。


 彼は加速魔術によって瞬時に魔獣の脚の節々を攻撃し、何本かの脚を斬り飛ばしてしまった。


『––––––––––––!!』


「あら、帰って休んでてもよかったのよ?」

「はっ、冗談を……協力して迅速に仕留めるぞ!」

 ※

 《うおおおお!!》

 《共闘あっつい》

 《にしては敵がしょぼい気がするんだが》

 《2人がやばいだけでこのモンスターも十分バケモノだろ》

 《1匹だけとは限らないぞ さっき名もなき傭兵が言ってたこと聞いてたやつはいるか?》


 肩を並べた2人は各々構えを取り、もはや揺るがぬと確信できるこの戦いを街への被害を抑えるため、できる限り早く終わらせようと心に決めた。

 そして揃って前へ踏み出そうとした時、体勢を立て直した魔獣が石の地面を削り取らんばかりに体を押し付けながら突撃してくるのを左右に分かれて回避する。


「……むぐッ!?」


 しかし“攻撃を躱した”という認識故の小さく短いその隙を突くかのように、アダムの体の周りに突然黒い魔法陣のようなものが現れ、まるで拘束具のように彼の身動きを封じてしまった。


「ッアダム!?」

「く……! こ、これは……!?」


『––––––!』


 予想外の事態に困惑する2人だが、すぐさま原因を探し出そうと周囲を見渡す。

 するとアダムからそう離れていない空中に、彼と同程度の大きなハエらしき生物が黒い魔力を発しながら飛んでいるのがわかった。


「あれが……!」


 そのハエがアダムに掛けられている拘束魔術を行使しているのだと知りはしたものの、それに自由なヒカリが攻撃などをする暇は与えられなかった。


『–––––––!!』

『––––––––––!!』


「(なッ、もう1匹!?)」


 方向転換した魔獣が身動きの取れないアダムに向かっていくのと間もなく、近くの建物の陰から同じほどに大きな魔獣が現れた。

 それはもう一体とほぼ同じ姿をしていたが、三本の角が生えているのではなく、二対四本の大顎を生やしたクワガタムシのような特徴を持つ形態だった。


 それらは挟み撃ちにするようにアダムの元に突進していく。


「この……! 私を無視するんじゃないわよ……ッ!!」


 ヒカリはアダムを拘束する個体は距離的に手を出している暇がないと判断し、瞬時にカブトムシの個体へ側面から押し出すように突撃して軌道をアダムから逸らした。


 ※

 《やべえ!》

 《うわあああ》

 《グロいのは勘弁してくれ》

 《※コメントは削除されました》

 《姉さんとかいないんか》


「ぬ……ぐゥ……ッ!!」


『–––––––––!!』


 しかしもう一方、反対側のクワガタの個体の動きを止めることは間に合わず、彼女は歯噛(はが)みをしながらその魔獣がアダムの体を押し潰すのを見ていることしかできないと思われた––––。


 ––––その時。




「俺サマを忘れんじゃねぇよ……!!」




 遠方から凄まじい速度で飛んできた砲弾のような光が拘束魔術を使っていたハエの魔獣に命中し派手な爆発を起こした。


『––––!?』


「……ッ!!」


 その瞬間アダムに掛けられていた拘束は解かれ、あとほんの瞬きほどの間にクワガタ魔獣の突進を受けようかというところだった彼は、即座に加速魔術を発動してその場から離れた。


「ッ今のは……!」


 二人はハエの魔獣を撃ち抜いた砲弾の軌道を辿った先に目を向ける。

 2カフル(166m)以上離れたそこには、石で作られた大きな砲口のようなものを抱えた彼らの仲間であるランドロック・アッターバールが立っていた。


「ハッハァ! 大当たりだぜ! さすが俺サマ!」

 ※

 《アニキ!!》

 《うおおおおお》

 《持ってんの大砲か!?》

 《力技すぎるwww》

 《男だけど惚れました》


「ほんと、これは私でもないと惚れちゃうわね。さてと……」


 ランドロックは傭兵ではないと聞いていたが、それがどうしたと言わんばかりの活躍ぶりを目の当たりにしたヒカリは彼の勇姿に思わず笑みをこぼした。

 そして彼女は正面に向き直り、二体揃って光の鎖によって雁字搦(がんじがら)めになっている魔獣たちに目を向ける。


「(動きを止めるためだけの役割を持ったやつに、今まで全く姿を見せなかったのに彼の動きが止まった瞬間狙い澄ましたように現れたもう一匹……どう考えても()()()に、不意打ちで強者を殺してしまうための計画を立てて来てるわね……)」


 彼女は魔獣たちそのものかその裏にいる何かからなのかはわからないものの、明確になんらかの計画の中で悪意をもった暴虐を為そうとする意思を感じ取り、それが己の仲間や罪のない市民たちに向けられたことに抑えきれない怒りが湧き上がっていた。


「絶対に許さないわよ、アンタたち……!!」


『–––––––!!』

『–––––!!』


 彼女は急速に上空へ動き出し、拘束された魔獣たちもそれに引っ張られるように持ち上げられていった。

 そうしてドゥナダスの摩天楼(まてんろう)を超えて高く空に飛び上がったヒカリは、鎖によって捕らえた魔獣たちの体を操って思い切りぶつけ合わせた。


 互いの甲殻にヒビが入るイヤな音が響き魔獣たちは悲鳴にも怒声にも聞こえる鳴き声をあげ、カブトムシの個体がヒカリを目掛けて飛びかかってきた。


『–––––––!!」


「せぇぇいッ!!」


 彼女はそれに正面から向かっていき、光の魔法を纏わせた右手の掌底(しょうてい)を突き出して、カブト魔獣の三本あるところの真ん中にあるツノを半ばからバキリとへし折ってしまった。


『–––––––!?』


 ※

 《!?》

 《うそやん》

 《強すぎマジww》

 《彼女はまさか地球にいた頃からこんなに強かったの?》

 《んなわけw あれ、わけないよな?》


『––––!!』


 そんな中クワガタ魔獣は目の前のヒカリを無視して地上に向かっていこうとしていた。

 彼女もそれに気づいて阻止しようとするが、突然カブト魔獣から膨大な魔力が発せられるのを感じて気を取られる。


 真ん中のツノが折れたカブト魔獣は、その怒りを力に変えているかのようにその口部に魔力を集中させ、威力だけに特化した渾身の一撃を放とうとしているのだと察せられた。


「(クワガタを追うとカブトの攻撃が街に降り注いじゃうわね……あっちは下にいる彼らに任せて、私はこっちを迎え撃つ!)」


 ヒカリは今自分にできる最も重要なことを判断したことで、地上に向かうクワガタ魔獣は捨て置いてカブト魔獣の対処に専念することにした。

 魔獣が魔力の矛先を向ける地上を背に負う形で相対し、彼女は両手を前方に構えて大きな魔法陣を作り出した。


「(初めの頃撃ったあの光線をイメージして……あの時より小さく、密度を上げるように……どうせなら必殺技って感じの派手で綺麗な見た目にしましょうか)」


 頭の中で思い浮かべたイメージを元に理論を構築しそれを魔力に刻み込んで、銃弾を込めるように魔法陣へそれらを装填していく。

 あとは引き金を引くだけとなり、ヒカリはカブト魔獣の最後の攻撃を真正面から打ち破ってやろうと向こうの攻撃が放たれるのを待っていた。


『––––––––––––!!』


 その待ちの姿勢に飛び込む形で魔獣は口部に溜めた魔力を一気に解放し、彼女に向かって一直線に突き進む光線を撃ち放った。

 そして彼女もまたそれに呼応するように魔法陣に装填された魔力を解き放った。



「––––––––煌燠千条波(こうおうせんじょうは)ァァァァァァァ!!!」




 それは天へ昇る龍が如く空を切り裂く大きな七色の光の奔流(ほんりゅう)だった。

 真っ向から衝突する二つの光線は大気そのものを震わすほどの衝撃と轟音を発しながら(まばゆ)い光を放っており、魔獣の殺意とヒカリの勇気、(しのぎ)を削るようなそれぞれの意思の押し合いによって輝いているかのようだった。


 ※

 《うおおおお!!》

 《迫力すげえええ》

 《ど派手すぎるwww》

 《めちゃくちゃ綺麗だな》

 《よっしゃやっちまえ!!》





「……よし撃てるぜ! おめぇの準備はどうだ?人間で試すのは初めてだからな、ちょいと股の辺りが大変なことになるかもしんねぇが……」

「そういうことを直前になって言うな! いいから早くやってくれ!」


 一方地上にいるアダムだが、上空に行ってしまったヒカリたちの戦いに介入するため()()()()を使おうと、ランドロックの協力の下妙な体勢をとっていた。

 それはロックが肩に抱えている空へ向けられた大きな武器の砲口に足を掛けているという姿だった。


「そんじゃ撃つぞ! 鳥になっていけ!!」

「––––––––ッ!!」


 そうしてロックは大砲に込められた魔術を起動してアダムを発射し始める。

 先ほどその大砲を発射した時とは違い、“砲弾を打ち出す”というよりは“目の前の物体を砲弾として押し出す”という容量で魔力を爆発させることで、アダムの体は銃弾にも迫るほどの速度で上空へと打ち上げられた。


「(ここから一撃で終わらせるには、()()しかない……!)」


 彼は体に掛かるすさまじい負荷を感じながら上昇していく中で、あの巨大な魔獣を一気に仕留めてしまう方法を考えていた。

 そうして導き出した結論を実行すべく、彼は右手に持つ剣に己の魔力を集めていく。


 これは加速魔術とは違い彼自身の血筋に由来する魔術。

 ドゥナダスで今までに行われた“破壊”や“攻撃そのもの”といった()()を集約させ、それらと魔力を混ぜ合わせることで再び物理的な威力へと変換して彼の剣へ紫色の光として纏わせていく。


「……秘剣––––––––」


『––––––––!!』


 彼はその剣を両手で大上段に構える。

 そこで正面からクワガタ魔獣が地上へ向かって降下しているところに鉢合(はちあ)わせる形となり、魔獣は加速魔術を使っている時ほどではないが、超高速で飛んでくるアダムの姿に反応するのが精一杯のようだった。


 彼は魔獣の下側をギリギリで通り抜け、全身の力を使って体の正中線をなぞるようにその巨体へと剣を振り抜いた。




「––––––––撃神剣(クインスト)ッ!!!」




『––––––––––!!」


 剣身が伸びているかのように収束された光の刃は、彼の手にほとんど抵抗を感じさせないほど容易(たやす)く魔獣の体を両断してしまった。

 真っ二つになった魔獣の体は大爆発を起こし、その残骸は街の中に(むな)しく降り落ちていった。


 そして未だに上昇するアダムの勢いは止まることがなく、彼の視界に二つの膨大な魔法の光線が衝突し押し合う光景が映った。

 彼はそこで加速魔術を使い空中をとてつもない速さで飛び上がり、体を上下反転させてカブト魔獣の腹部の裏に足を付けるのと同時に、紫に輝く剣をその腹に突き立てて魔力の剣撃を貫通させた。


『––––––––!!?』


「ッあれは!? もしかしてアダム!?」

 ※

 《!?》

 《まじ?》

 《なんかすごいの出た》

 《先輩きたーーー》

 《どうやってここまで来たのww》


 胴体に大きな風穴を開けられた魔獣は悶え苦しんで光線の勢いが(おとろ)え始める。

 そんな状態でヒカリの放つ魔術を押し止められるはずもなく、空を駆ける七色の光はアダムが落ちるように離れた魔獣の体に命中し、ドゥナダスの街並みを派手に照らし出すほどの大爆発を起こした。


「勝ったぁーーー!!」


 その爆発を見届けたヒカリは達成感を爆発させるように手を広げて勝利の叫びをあげる。

 だがすぐにハッと気を取り直すと急いでその場を降下し始め、空中を街に向けて自然落下していたアダムの体を抱きすくめて捕まえた。


「むぐっ……!」

「アダム! 私たちやったわね! やっぱり私って天才だわ!」

「ああ、どうやらそうみたいだな……ところで、この抱え方は君の趣味か?」

「かわいいものはなんでも好きなの」

遺憾(いかん)なんだが」

 ※

 《草》

 《裏山》

 《確かに先輩は可愛い》

 《先輩そこ変われ》

 《ヒカリちゃんそこ変わって》

 《変態合わせ鏡》

 《対消滅してくれ》


 彼女らは戦いが終わった余韻と身体に残った熱を噛み締めながら地上に降り立った。

 そしてその場から移動し大砲を置いて休んでいるランドロックと合流した。


「よぉ!大したもんだったぜヒカリ! 俺の械具(かいぐ)が必要なさそうなとこは残念だがな!」

「あなたも大手柄だったわよ。私が使いたがるほどの発明品がなさそうなところは残念だけどね」

「ははぁ! 言うじゃねぇか! よし今に見てろよ!おめぇの方から使わせてくれって頼んでくるぐらいの械具をいずれ作ってやるよ!」


 互いに(たた)え合う和やかな会話を挟みながら、彼女らは魔獣の残骸を調べてみることにした。


 そもそも魔獣が街や村などの人間が住む領域に侵入してくるというのは本来ほぼあり得ないことだった。

 人間自体を見れば迷いなく襲ってくるというのに、なぜ人間の生存圏にまで踏み入ってくることがないのか、それは長い歴史の中で数多くの学者たちが研究をしても手がかりの一つも得られなかった魔獣の特性であり、今回ドゥナダスの中にまで侵入し暴れ回った魔獣を調べることで、何か情報が手に入るのではと考えられたが故の調査だった。


 少し歩いた先で散乱している大きな甲殻の数々の前に立ち、なにか手掛かりになるようなものが存在しないかと探していると、ヒカリは比較的大きいまま残っている甲殻の内側に人が倒れているのを見つけた。


「……! ねえちょっと! 人が倒れてるわよ!」

「あん? 街の人間か? コイツ人を(さら)ってやがったのかぁ?」

「……それなら戦っている時に俺たちが気づかないはずはない。それにこの倒れ方……殻の内側に収まっていたかのようだが」


 その男性はあまり変哲のない普通の衣服を身につけており目立った外傷はない。

 しかし詳しい容体を調べようと体に触れたヒカリは、驚いた様子で振り返り二人に向けて首を横に振った。


「死んでやがる、か……」

 ※

 《うわ…》

 《ひえっ》

 《まじか……》

 《えっぐ》


「……今までの出来事からして傷もなく死んでいるというのは考えがたい。体を(あらた)めよう、なにか魔獣に関わる情報があるかもしれん」

「……わかったわ」


 アダムの判断によってヒカリは死亡している男性の衣服から所持品を持っていないか探ってみるが、結局腰のポケットからなにか指でつまめる程度に小さい、装飾かなにかだと思われる髑髏(どくろ)の形をしたものしか出てこなかった。


「こんなのしかないわ。偶然この辺りで変死した市民ってことなのかしら……」

「………………」

「ちょっと、アダム……?」


 彼女はそれを掲げてみせたのだが、なぜか背後のアダムから返答がないことを疑問に思い振り返って顔を見ると、彼は(まぶた)瞳孔(どうこう)も見開いてただそのドクロを見つめていた。


「これ、は…………ッ!!」

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