7話 VS『試作体十四号』
「な、なんで魔獣なんてもんが街の中にいるんだよぉ!?」
「あんなにデカいやつが、空を飛んでやがる……!」
※
《でけえ!!》
《つよそう》
「大半の魔獣は溶岩に近づかないんじゃなかった?」
「大半と言ったのは誇張だったかもしれないな……ある程度以上に強い魔獣は自然災害すらものともしないものだった。だが街の中にまで攻め込んでくることは本来稀なはずなんだがな……」
アダムたちは会話を挟みながら、自分たちの頭上で飛び続けてこちらを見下ろす魔獣を警戒しつつ少しでも情報を整理しようと言葉を交わす。
可能な限りこれ以上街に被害が出る前に倒したいところだが、視覚的に判断する限りでも一筋縄のやり方では倒せないであろう相手なのは明白だった。
「それより今はヤツにどう対処するかだよ。とりあえずボクの魔術はこういった街中とは相性最悪だから、今回はアダムに任せたいところなんだけど」
「わかった。なら他の傭兵たちを指揮して住民を助けてくれ。ヒカリはトリィに付いていけば安全なはずだ」
「ちょっと! 私も戦うわよ! 魔獣だってこの間倒したところを見ていたでしょう!?」
「あの時は俺の力不足でああなったが、君はまだ傭兵じゃあない。どれだけ強くても関係はない……君を含めた全ての人々の平穏を守るのが俺たち傭兵の使命だ。これ以上不甲斐ない姿を晒すわけにはいかないのでな……先輩としてカッコつけさせてくれ」
※
《かっけええ》
《先輩マジ先輩》
《といっても敵は空を飛んでるぞ 今飛行装置のないアダムが勝てるのか?》
《戦いってのは気合いがありゃ大抵なんとかなるんだよ》
アダムは言葉にしなかったが、魔獣とヒカリをまだ戦わせようとしない理由が彼の内心にもう一つ。
相対する戦士がどれほどの力を持っていようとも、常に人間の予想を煙のようにすり抜けてその命を冥府へと連れ去りに来る。
それが魔獣という存在であり、歴史を遡れば強大な傭兵や英雄が魔獣によって殺されたという記録は山のように見つかるものだ。
彼はそんな”もしものこと”を恐れていた。
故に今アダムは己1人で目の前の魔獣を討ち倒し、万が一にもヒカリが死んでしまう可能性を取り去ってしまおうとしていた。
「心配するな。俺は絶対に、誰にも負けない……っ!!」
『–––––––!!』
「アダム!!」
そうして腰に下げた剣を抜き放ったアダムは、ほぼ同時に動き出した魔獣と共にその場から一瞬で離れてしまった。
ヒカリにはそれを追いかけて一緒に戦いたい気持ちもあったが、1人で倒してみせると意気込む彼の想いを無下にすることになると尻込みしていた。
「いいかい!? 各自街中の被害にあった場所から生存者を見つけて救助するんだ! 必ず二人一組で行動して安全を確保して! もし他に魔獣が現れたら決して戦わずボクに合図を送ってくれ! ヒカリちゃん、とりあえずボクに付いてきてね!」
「え、えぇ……」
「ちくしょう、今日は楽な警備の仕事を受けるつもりだったのによぅ」
「泣き言吐いてる場合じゃねぇぞ。今動かなきゃ生き延びても評価が落ちてまともな仕事が受けられなくなっちまう」
「向こうの遠くからもデカい音がするわ。あっちでもだれか戦ってるの……?」
※
《これは姉さん》
《さすが姉さん頼りになる》
《他の奴らも言われたらすぐ動き出したな これがカリスマか》
《そういえばアニキとイズっちはどうしたん?》
《今日はまだ出てないぞ》
《ここに住んでるんやったら巻き込まれんじゃね?》
《やべえええ》
ふと目に入ったコメントに書かれていた内容を見てヒカリは息を呑む。
街の状態は今いる場所から見渡すだけでもひどい有様であり、もしどこかの無数の瓦礫の中に見知った人物が押し潰されていたら……そう考えて彼女は顔を蒼褪めさせた。
しかし今の自分にそれを確かめるのは簡単なことではない、街中をしらみつぶしに探す時間が過ぎるほど魔獣による被害は増えるばかりなのは明白だった。
ならばたった今自分にできる最良の選択とは––––。
「––––っ!」
「ん? ちょ、ちょっとヒカリちゃん!?」
※
《!?》
《どこいくねーん》
《そりゃ戦いにいくんやろ》
《アダムが待ってろって言ってなかったか?》
《待てと言われて待つ者は世界など救えん!》
居ても立っても居られないという様子で彼女はその場から足を踏み出し、その背に光り輝く翼を現して飛び立っていってしまった。
*
そして街中を近くの建物をぶつかるだけで破壊しながら飛び回る魔獣を追うアダムは、なんとか凄まじい速度で飛ぶその姿を見失わないほどに速く自分の足で走っていた。
『–––––––––!!』
「(速いな……あの巨体と頑丈さに加えて素の俺が追いつけないほどの飛行能力……“軍禍”は確実か……)」
軍禍とは、五つある魔獣の脅威指標において下から2番目となる名称である。
「(……やむを得ない、早々に使うか)」
このまま自力のみで走っていても相手には追いつけない、そう判断したアダムは早々に”ある魔術”を使うことを決めた。
そうして走りながら彼は自分の体内から魔力を引き出し、思考することである特定の理論を刻み込んだソレを用いて魔術を発動した。
「“時走躍”ッ!!」
すると突然道を走っていた彼の姿が掻き消えてしまった。
そして次の瞬間に彼はその前方、簡単には詰められない距離を飛んでいたはずの魔獣、その背中に当たる甲殻の上に立っていた。
彼が使用したのは“加速魔術”、非常に高度な技術であり自身の活動の速度を数倍に引き上げることで一瞬にして魔獣の背に跳んで乗り込んだのだった。
「(殻を斬るのは非効率、狙うとすれば……やはり関節ッ!)」
そしてアダムは剣を振り上げて魔獣の甲殻の隙間にある無防備な肉体へ正確に斬撃を叩き込んだ。
『–––––––––!!』
「く……ッ!」
身を包む堅牢な鎧が役に立たず自分の身体に直接深い傷が次々と加えられていく痛みと危険信号。
魔獣はたまらず空を飛ぶ体を振り乱して、自分に取り付いたアダムを引き剥がそうと体を周りの建物にぶつけ始めた。
しかし彼は加速魔術によって巧みに魔獣の体の上を移動して体勢を維持し、その先の近くにある甲殻に守られていない部位へ攻撃を続けていた。
「(魔力もまだ余裕がある。このまま続ければ問題なく仕留められる……これなら捕獲も視野に入れるか……)」
「だ……だれ、か……」
その微かな声は魔獣の鳴き声、石の建物が砕けるものや風切りの音の隙間から彼の耳にわずかだけ届いた。
アダムは目を見開き声の聞こえた方向を探すと、地上の道の片隅に彼のよく見知った少女が足を挫いた様子で倒れているのがわかった。
「イズナッ!? まずい……!」
『––––––––––!!』
それは彼にとって完全に想定外の出来事だった。
一つ間違えば致命的になる状況の上非常に高速で回る思考の最中に、突然懇意にしているイズナの危機を目の当たりにしたことで、ほんの一瞬だけその思考に空白が生まれた。
その隙を突いた悪意故なのか将又偶然か、魔獣は不規則に変化させていた飛翔軌道を倒れる少女に向けて、まるで墜落するかのように突進し始めた。
『––––––––!!』
「ぅ……あぁ……!」
「ッ時走躍!!」
持ち直した頭が何かを考えるより先に彼は咄嗟に、不完全ながら加速魔術を発動しなんとか魔獣より先にイズナの元にたどり着いた。
そのまま離脱できればよかったのだが、彼の加速魔術は彼と同等の強靭さと加速状態への慣れがなければ体への負担が強すぎるという欠点が存在していた。
そのせいで彼はこの瞬間加速魔術を使って魔獣の突進を避けるという選択を躊躇してしまい、もう回避することはできないかというところまで魔獣の巨体が間近に迫っていた。
『––––––––––––!!』
「(また俺の力が足りないせいで……!ここまで、か……ッ!!)」
アダムはせめてイズナだけでも生き残る可能性に懸けて、彼女の体を庇って力一杯抱きしめて覚悟を決め目を瞑り込んだ。
「はぁぁぁぁぁッ!!」
しかし魔獣が隕石のような勢いで抱き合う2人へ堕ちようとしていた次の瞬間。
流星のように煌めく残光を放ちながら飛び込んできた腕が2人の体を捕まえて、瞬く間に飛び上がって魔獣の突進を躱してしまった。
「なっ……! どうして君が……!」
「なんでって! 自分に戦う力があって……! 目の前でたくさんの人が危険な目にあって……! そこで一歩踏み出すことで誰かを救えるなら……! 動かずにいられるわけないでしょうが!!」
「ひ、ヒカリさぁん……!」
※
《うおおおお!!》
《かっけええええ!!!》
《それでこそ俺たちの娘だ》
《これは主人公の風格》
《お父さんも見てます》
アダムとイズナの命を救い出した少女、御山 光纚は魔獣が通り過ぎた後の街の上に彼らを下ろすと、2人の無事を喜ぶようにその端正な顔に笑顔を浮かべた。
「さあ、あなたはイズナを安全な場所まで連れていきなさい! あの魔獣は私が倒してやるわ!」
「……すまない、助かった!」
「あ、ありがとう……!」
そしてヒカリは再び飛び上がり魔獣へと向かっていく。
アダムは抱えたイズナを避難させるため反対の方向へ走っていった。
「ごめんなさいアダムさん……私のせいで、危ないところ……」
「言うな。君には何も非はない、俺もまだまだ未熟だったと痛感したよ……いいか、この道をまっすぐ行けば傭兵ギルドがある。そこにいる他の傭兵に保護してもらうんだ」
「あ、アダムさんは……!?」
「彼女に任せて俺が背を向けるわけにはいかないからな。さあ行け!」
ある程度離れた場所でイズナを立たせて彼は振り返って戦闘の音が聞こえる場所は向かっていく。
イズナはそんな彼の後ろ姿を不安げに見つめていたが、その背が遠ざかっていくとやがて彼に言われた通りの道を走り始めた。